コートの傍らで、理由もなくふと興味を覚えたり思い出したりしたことを、
  思いつくままにメモしてきた。
  従って先ず、メモの正確性はかなり怪しいと先ず謝っておきたい。   


    2009年~の過去メモ    2011年~の過去メモ
    
    
    
写真集 2017-1 (引っ越しました)


              

  
    
                 



 

 

  2017年 6月           


2017年 5月

29日(月)  無知とは恐ろしいもので・・・

5月26日(金)  楽しや5月の最後は初蛍

2017年 4月
4月26日(水)  翻訳命3 もうちょっとだけ
4月23日(日)  翻訳命2 「枯葉」 猿真似の威力
4月19日(水)  翻訳命(1)シャンソン
4月9日(土)  春に3日の晴れ無し
月7日(金)   音楽はどこまでも運ぶよ


2017年 3月
3月17日(金)  オイラのオモチャ箱
3月3日(金)    山高きが故に貴からず・・・
31(水)   弥生の「夢」は・・・



2017年2月
2月27日(月)  終わりは始まりの始まりなのだ~!
222日(水)  「ニャンにゃんニャン」の雨の日に
210日(金) 
ただ風が吹いているだけ



2017年1月
131日(火)   トランプ旋風
1月29日(日)  梨寿なり

127日(金)   旋風から妄想の連鎖
114日(土)  夢のつづき
110日(火)  白日の逆夢 
1月1日(日)   明けまして どうぞ おめでたい年でありますように



2016年12月
12月31(土) ありがとうございました
1215日(木) メモのメモの続き(ベートーベンなど)
12月12日(月) memoのメモ
       


2016年11月
1121日(月) ATPワールドツアー・ファイナルズの続き
1119日(土) たまにはテニスメモでも・・・
    


 2016年10月
1020日(木) 飽くなき希求と志こそ命の源(北斎) 
1016日(日) 世界の北斎先生 

2016年9月
9月29日(木)  キューバとの良好な友好関係を願う
9月27日(火)  キューバ追記
 
9月26日(月)  フェルナンデスが死んだ?!!?
月8日(木)    ベラ・チャスラフスカを悼んで
9月4日(日)   原発はどう見ても無理、NHK「解説スタジアム」

9月1日(木)  地震列島日本、イタリアもひどいことに・・・

 2016年8月
817日(水)  タングルウッドからウエストサイドへ
8月10日(水)  「ヴィオロンのため息」を連想しちまった
87日(日)   「五嶋みどり」と母節さんの壮絶なバイオリン人生
8月2日(月)   ユリア・フィッシャーは絶対メモだ!

     

2016年7月
730日(土)  夭折の天才バイオリニスト、ジネット・ヌヴォー
728日(木)  ハイフェッツがお袋の味とは幸せ
725日(月)  庄司紗矢香さんのバイオリン人生
722日(金)  懐かしい「とと姉ちゃん」の「暮しの手帖」
7月15日(金)  沖縄は本当に日本でよかったのか?


2016年6月
623(木)  「平和ぬ世界どぅ大切」
6月21日(火)  トンボ、ツバメ、ホトトギス、真昼の夢 
620日(月)  セイタカアワダチソウ
6月18日(土)  合歓木、セミの声、がんばれジュニア!
6月13日(月)   雑草、害虫、駆除、人間様

6月7日(火)   悪い面ばかり見てる気もするが・・・
6月4日(土)    ただただスポーツを楽しみたい
6月1日(水)   昼は蒼空、夜は蛍が飛んでるそ!


2016年5月
5月24日(火)  小保方問題は流れが変わるかも・・  


 2016年 4月
429日(金)
  50年前の哀しい武勇伝でした

4月26日(火)  ネクタイなんて無用なボロ布です(ムヒカ)
4月23日(金)  金持ちは政治家になっちゃいかん(ムヒカ)!
4月11日(月)  パナマ文書、こいつはすごいな~
4月7(木)   スポーツ界もトリクルダウンはない!
4月6日 (水)  テニスよ、お前もか! 

016年 3月
3月6日(日)   ケチってるわけでは・・・ 
3月4日
(木】  あまりにもバカバカしい・・・ 

2016年 2月
2月28日(日) アベノミスク(アンダーコントロールとは)

2月23日(月) 春は近し、されど・・・
2月2日(火)  ついでにもう少しゲーテメモ
2月1日(月)  もうちょっとゲーテ
 

 2016年 1月
31日(日)  ゲーテはあまりにも多岐多彩
1月29日(金) また一つGさんに(ゲーテの恋)

1月26日(火) みんなで幸福にはなれないのか?
1月25日(月) 中東問題は難し過ぎる
1月24日(日) グローバル化?
121日(木) 悪法は誰が決める
1月20日(水) ヤミイチ・ヤミゴメ・ナマゴロシ
1月18日(月) たかがテニス・・・
1月17日(日) 人殺しだけは御免だ!

1月15日(金) ラジカルはラケットにも
1月14日(木) 晴、でも気分は曇天
1月12日(月) カウンターショット

1月10日(日) 沈黙は金ではあるが・・・ 

1月9日(土)   しんよろ!

1月8日(金)   トリクルダウンなんて・・・
1月7日(金)   今日のところは音無しく・・・

1月6日(水)  「あさが来た」 諭吉も出たが・・・

1月5日(火)   本当のところが知りたい
1月4日(月)  マイナンバーも御免だな
1月3日(日)  改めまして
1月2日(土)  一歩いっぽ
1月1日(金)  新年    



 

           2017年 6月

      

   626日(月)  ライオン宰相、今何処(いずこ)・・・

 梅雨時期のイベントは不透明だ。今日は予報より大分天気良好だったが、シングルス月例会は中止した。でも8名で練習はした。
 最後にはタイブレーク総当たりまでできたから、十分練習にはなったと思う。
 お菓子などの差し入れを
沢山頂き、紅茶とケーキで茶話会も・・・。この時期はできる時に、できることをやるしかない。

 
 さて、4月末にNHKBSで放送された浜口雄幸と石橋湛山のドキュメンタリーがず~と気になっていて、いつかメモしなくては、と思っているうちに、こんなに時が経ってしまった。
 
 以前も見た覚えがあるので、再放送だとは思うが、NHKのスタッフも捨てたものではないなぁ、と思ったものだ。特に政治を私物化して、嘘のオンパレードみたいな現在、この二人の足跡は大変意義のあるものに思えた。


 今日は27代首相、浜口雄幸(18701931)のメモを残しておきたい。    エリートコースを歩み、次官にまで上り詰めるが、そのいかにも実直かつ無骨そうな風貌から、ライオン宰相と云われた。

 自ら出しゃばってなったわけではなく、時代状況と政界、財界などから求められて、立憲民政党総裁となり、総理大臣となった。

 第一次世界大戦で日本は戦勝国となったが、軍備の拡大が続き、庶民の生活は疲弊し、経済の立て直しが必至であった。
 浜口は、これ以上、軍備増強を計ることなく、各国と協調して、軍縮していきたいと望んでいた。しかし、軍部はさらなる国防費の増額を要求する。
 
    折しもロンドンの軍縮会議で、日本は米英と激しく対立する。 
 詳細は省略するとして、この条約では、浜口らの尽力によって、
イギリスやアメリカの約
7割の補助艦を保有することになったが、軍部は激しく反対する。実際には69.75%と7割の攻防で、米軍が意地を通し、日本は実をとった形だが、軍部はこれが気に食わない。
 以後も拡大を画策する。しかし、国民はこの条約を歓迎したので、軍部も一応、引き下がらざるを得なくなる。

 だが、そんな事態を快く思わない連中に、おそらくはそそのかされた右翼の若者に銃撃される。それがもとで、翌年、彼は死ぬ。
 自分の給料を2割減らし、警備費をほぼゼロにして、経費節減を図ったが、それがこの結果を招くことにもなった。あくまでも、自分のことよりも国民を優先させたのである。
 
 彼の経済政策はタイミングが悪かったせいで、経済は好転せず、歴史的にも評判は良くない。しかし、彼のやろうとしたことは決して間違ったことではないと思う。


 以下、城山さんが何かの対談の折の発言の抜粋である。
 「浜口亡きあと、軍に逆らうことはけしからん、問答無用のことであるという風潮が世の中に広まり、本当の意味での政治がここで消えてしまったということです。
 ここから軍部がひたすら暴走し、日本を大きな悲劇に巻き込んでいったわけです。

 浜口死去の翌月、満州事変が勃発。関東軍は、内閣の不拡大方針を無視して満州での軍事行動を開始した。
 日本軍の動きは各国の反発を招き、以後、日本は国際的に孤立していった。
 浜口内閣の推し進めた国際協調路線はここに崩れ去ったのである。
 やがて政党政治も軍部の圧力のもとに力を失い、不況にあえぐ国民の目も、軍の拡大路線とともに外地へと向けられていった。」

 ここで重要なのは、軍縮条約を歓迎した国民が、海外侵略に万歳し、歓喜し、目先の好景気に目がくらみ、これを支持したこと、マスコミなどがこぞってこれを煽ったこと。
 これらによって、その後の日本の針路が決まっていってしまったことである。
                   (いつの日か続く・・・)

 

622日(木)  6月はブラボーブラームス!

 

  昨日は夏至で晴れたが、今日はやや雨模様。ようやく梅雨らしくなってきた。一週間後くらいに、日没が一番遅くなる。

 

 家のアジサイもクラブのも鮮やかだ。今日も何とかテニスはできた。夜の練習会もできてはいるが、雨でマシンが使えない。ボールが濡れるので、マシンのゴムが滑ってしまい、ボールが詰まるのだ。

 そこで今日はすべて対人練習。コートで、一組はもうシングルスを始めている。残った人はストロークなど・・・。

 

 さて、僕はこの間、音楽三昧を決め込んだ。今月はず~とブラームスを聞いている。


 以前は、モーツアルトやショパンの華やかさに比べ、ちょっと地味だよな~、と思っていて、聞き流していた。でも、しばらくすると、また、彼の曲を聴きたくなる。

 今はオーケストラを聞き続けている。 

 バッハ、ベートーヴェン、そして彼が、ドイツの3Bと云われる。社会的にはまともな人が少ない音楽界だが、彼はかなりまともな人に見える。まともでない分の欠落が、音楽への集中と没頭を生み出しているとも思えるので、彼はまともな分、音楽がまとも過ぎるのかもしれない。
 古典派とロマン派の中央に位置しながら、あくまでもオーソドックスに、クラシックの王道を歩んでいるように思える。

 

 彼は交響曲を4曲しか作っていない。
 ベートーヴェンの後、それを超えて、新たに交響曲を作るのにはものすごいエネルギーを要したのだと思う。

 
  第
1は構想から完成まで、ほぼ20年を要している。第一の完成後は、数年の間に、その後の3曲を一気に完成させているので、堰を切ったように創作していったのだろう。

 僕は、今、そのどれも大好きである。第1と第3からはエネルギーを、第2と第4からは大いなる癒しをもらっているといった感じかな・・・。

 

 彼は多くの後輩たちに経済的支援を与えているが、ドボルザークに対しては、彼の才能を見出し、特別の支援をしている。ドボルザークもまた大好きな作曲家で、5月はドボルザーク月間であった。

 有名な話だが、ブラームスは先輩のシューマンとはお互いに理解し合い、尊敬し合う仲で、彼が精神を病み、亡くなった後も、妻、クララシューマンを最後まで支え続けている。
 クララは彼より
14歳も年上だが、クララに対する恋心があったのだろうということは想像できる。

 いろいろ婚約や結婚の話があっても、結婚には辿り着かず、彼は終生独身を通した。

 僕はここで何故か無法松を思い出してしまった。

 なぜ、僕の話は、こうもまとまりなく拡散するのだろうか・・・この辺にしておかないと、どこに飛んでいくことやら・・・

 
 あと少しで終了時間、熱い汗が飛び散っているようだ。

 ともかくも今月はブラボーブラームス!だ。

 

 

617日(土) ルーチンワークは楽し気に

 

 練習会メモは、一応の役割を果たしたと思うので、中止。

練習会のおよその内容を知っていただくためのものだったが、

そうそう毎回、目新しいものがあるわけでもなく、基礎、基本の練習内容はほとんどがルーチンワーク。この繰り返しが、ちょっとずつの進歩に伴って、楽しいと感じられることが大切だと思う。

 

 練習会の内容は、基本的に、参加者の希望されたメニューは必ず入れることにしている。「あれを練習したい」と思うことが、楽しい練習のための第一歩、次の一歩が考えられるということは、何事にも大切なことだと思う。

 

 今後は、ちょっと変化があった時、あるいはイベントなどで感じたことがあったら取り上げようと思う。

 

 練習会は、皆さんのご理解を得て、現在のところ、ほぼ順調な歩みを進めていると思う。ナイター練習会はまだ緒に就いたばかりだが、何とか道筋も見えてきて、少しずつ形をとりつつあると思う。

これからも、いろいろ試行錯誤し、体と相談しながら、試み続けようと思う。(前向きだね~)


    

615日(木) 前畑から岩崎へ

 

   614日(水)の練習会メモ

*ナイター女ダブ練習会

  男子2名も参加しての練習。

    ①フォアハンド・バックハンドストローク

    ②ボレーフォア・バック

    ③試合練習

    615日(水)の練習会メモ

*初心者練習会

①スライスフォア・バック

②低い弾道の厚い当たり

③サーブ

試合練習

 

*ナイター練習会

①フォアハンドストローク

    ②バックハンドストローク

   ストローク戦

   ④ゲーム練習

 
 

 13日のメモ、「前川頑張れ!・・・」が理解できた方は、多分、お若い。そうでない方のために、ちょっと解説しておこうと思う。

 ナチ、ヒットラー政権下でのベルリンオリンピック、競泳日本女子初の金メダリストとなった前畑秀子の実況放送で20回も連呼されたという「前畑頑張れ、前畑頑張れ・・・」から頂いたものだった。

 実況アナは河西三省。

 僕の生まれる7年前の1936年のことであるが、この放送は何度か聞いたことがある。

 200m平泳ぎに出場し、地元ドイツのマルタ・ゲネンゲルとデッドヒートを繰り広げて、優勝。

 前回のロサンゼルス大会で銀を獲得し、意気揚々と帰国した彼女を待ち受けていたのは、「なぜもうひと頑張りして金を取らなかった」、というバッシングだった。
 ベルリンで負ければ、死んでお詫びする、と本気で思っていたという。それを察してか、試合後に備えて、厳重な警護が付けられていたという。 

 バカバカしくも恐ろしい話である。オリンピックが、ナショナリズの高揚に利用され、協会などもそれに追随する。前畑さんは被害者であって、彼女には何の罪もないが・・・。国民はある意味、脅威である。

 

 その56年後の1992年、バルセロナ大会で、14歳になったばかりの岩崎恭子が、優勝する。ほとんど無名のスイマーで、決勝に残られればいい、と思われていた。彼女は決勝終盤で、恐ろしい爆発力を見せ、優勝間違いなし、と言われていた世界記録保持者のアニタ・ノールを追い上げ、見事に抜き去る。

 出発時、地元沼津駅で見送ってくれた人は10人、凱旋した岩崎を出迎えた人は5万人。無名の恭子ちゃんが、世界の岩崎恭子になった瞬間である。

 見送り時のタイムと、出迎え時のタイム差は3秒以上。この大会、予選で2秒以上縮めて日本新、決勝ではさらに1秒以上縮めてのオリンピック新記録。

 前畑のタイムは336、岩崎は22665と、56年のタイム差はおよそ37秒もある。

 一緒に泳いだとしたら、大雑把な計算だが、岩崎がゴールした時、前畑はようやく150mのターンを終えて一かきした程度だと思われる。この間の泳法、体づくりなどの進歩がいかにすごいかがよく分かる。

 

 岩崎は、前畑のように金メダルを期待されての出場ではなかった。プレッシャーを感じずに全力を尽くせた結果だったのだろう。

 14歳と6日での金メダル獲得は、今なおオリンピックの競泳史上最年少記録である。まだあどけなさの残る少女が優勝後に発した

「人生で一番幸せ・・・」という優勝者インタヴューは、回想番組の度に流されたものだ。

 

前畑ベルリン優勝、「前畑頑張れ!」

https://youtu.be/veGtPF6tfm4

岩崎バルセロナ優勝、

https://youtu.be/E6svdoPXeYo

岩崎バルセロナの奇跡をもう一つ

https://youtu.be/qWsHdKTbJ1I

 

     6月13日(火) 合歓木もお目覚め

 遅ればせながら、ようやく合歓木の花が咲き始めました。奥の木は12mほどの大木になっていて、これからが楽しみです。


練習会メモ

*朝の基礎練習会

① フォア・バックのボレーコース狙い

② スマッシュコース狙い

③ サーブコース的当て

④ 2対2で、球出しからのフリーの対戦、1ゲーム交代
                          以上

 黒を白と言いくるめようとする人、成功すれば、能力の高い官僚ということだろうか・・・。
 企業においても、こういう人はおそらく高い評価を得るのだろう。これまでも、いろいろな企業で不祥事が続いてきた。それは今回のように、真実を隠し通そうとした結果が招いたものばかりだ。
 
 いずれはすべて明るみに出る。庶民はそれほどバカではないぞ!庶民もお目覚めだ~! 
 前川さんの勇気に喝采 「前川頑張れ、がんばれ前川!」

 

     6月12日(月) 凄いすごい凄い!ラファ!!

 準決勝のティエムに続き、バブリンカにも圧勝。今大会1セットも落とさず、ぶっちぎりの優勝。プレーは終始、相手を圧倒した。
 痛烈なスピンは容赦なく相手コートを抉り、絶えずプレッシャーをかけ続けた。「赤土の帝王」と呼ばれるのにふさわしい強さだった。

 

 さて、こちらも頑張っております。

今日も曇り加減のテニス日和。

練習会メモ:

*朝の基礎練習会: 
フォア・バックの深いストローク

   ②サーブのワイド狙い

  ③ 1対1のストローク戦、1ゲーム勝ち残り

   ④サーブからの1対1のストローク戦、1ゲーム勝ち残り

 

*ナイター練習会

①フォアハンド逆クロス

②バックハンドクロス

③浅いボールをアタック

④ゲーム練習    以上

 

 前回メモの訂正 : 間違いでした。前回、ドクダミの5枚の花弁と書いたのは、間違いで、花びらではなく、総苞片と言われるものでした。葉っぱが変わったものらしい。ブーゲンベリアなどの鮮やかな花に見えるのも、実はこれだということです。

 ドクダミの花の話、「5枚の花弁は珍しいけど、見つけました」…という話をラジオで聞いて、クラブにもたくさんあったな、と思い、ちょっと探したら見つけたものでした。

 すぐに反応すると、こういう間違いを犯しますね。最近は社会問題を扱っていません。興味はありますが、すぐに反応せず、行方をじっくり見よう、という気持ちです。

 特に、準備罪は全く頂けない。与党の中に、反対の声が上がらないのは、この国の民主主義がおかしくなっている証左かな。とにかくこういう類の人たちに、情報の管理を任せたら、絶対にイカン。


      6月9日(金)  5枚花びらのドクダミの花

 可愛い花をつけて、沢山咲いているどくだみの花。

普通は花びら4枚だが、今日は5枚のを2輪見つけた。

なんかもう少し可愛い名前にしてほしかった、・・・というのも

勝手な人間の都合かな・・・いろいろ人間様に貢献してくれてきた草花だもんね。


 今日もいい塩梅のテニス日和。

練習会メモ:

基礎練習会:

  サーブのコース狙い

   ②フォア・バックの基本ストローク

   ③2人対2人のストローク&ボレー

   ④2人対2人のフリー対戦

   ⑤ダブルス試合練習  以上

      68日(木) 今日は快晴

 昨日の雨が嘘のように、今日は快晴、蒸し暑いが風は吹いているので、まずまずのテニス日和。

 
 昨日の雨で、農家の人は一安心だろう。睡眠不足などでお疲れ気味のオイラにも恵みの雨だったかな。


 さてフレンチの準々決勝、錦織の1セットはスパースター、2セット目からはマリーのタフネス披露パーティだった。 

 

 マリーもある時期は、何度も何度も挑戦を退けられて優勝に手が届かず、良くてベスト4止まりだった同国のヘンマンに続き、優勝できない選手と言われてきたが、そこを乗り越えて、ついにチャンピオンになった。

 
 錦織にもこの厳しい道が待っている。険しい道だが、その道まで行ける選手はほんの一握りの選手に限られていて、まさに錦織はそこにいるのは間違いない。

 ピークは見えてからが長い。本当の正念場だ。頑張りに頑張ってはいるのだろうから、幸運を祈るのみだ。

 

 今日の練習メモ

*午後の初心者練習会:

 シングルスコート1人対ダブルスコート2人の練習を長い時間をかけてやった。どこにどう打ったらいいのか、どう決めていけばいいのか、などを考えながら入ってもらった。

 その後は4ゲーム交代のダブルス試合練習。今日は15時半終了。

 

*ナイター練習会:

 選手の希望を聞いて、それを第一にして練習することにしている。
  ① フォア・バックのクロスストローク

1人対2人の1ゲーム勝ち残りのゲーム練習

③対人ストローク、練習試合など  以上

 

 

    67日(水) 終日雨模様、メモも軽く・・・

 梅雨入りで終日雨模様、というのも予報ほどはひどい雨にはならなかった。テニス人も一休みかな・・・。

 今日の練習会は無し。

 

 

    66日(火) 練習メモ初め

 テニスクラブのメモらしく、ちょっとだけ練習会のメモを残しておくことにした。内容は午前・午後の部とナイターの部。ジュニアの練習はレベル、内容が多岐に亘りすぎるため、ここのメモには入れないことにする。


 昨日、65日(月)から・・・

*女子シングルス練習会:

  ① 通常のフォアハンド、バックハンドのストローク )

  ② ムーンボールに対するストローク 

    ③短いボールの処理(1.エース狙い 2.アプローチ&ボレー 3.ドロップショットなど)

 とにかく、基礎となるストロークをみっちり打ち込んだ。その後、2ゲーム先取の試合練習。


*ナイター練習会:

 女子シングル練習会とほぼ同じ内容の練習(準備がとにかく早くできるように)
 その後、1ゲーム勝ち残りの試合練習、いつもはあまりやらないサーブ&ボレーやリターンダッシュ、甘いボールはすかさずアプローチ・・・などなど、収穫の多い練習だったと思う。

   (以上練習メモ終わり)

  
  66
  
 *基礎練習会:ストローク1対ボレー2の練習をひたすらやった。その後、4ゲーム先取の練習試合。

 

 眠い目をこすりながら、最近、避けていた政治問題も少しメモしようと思ったが、次に譲ろう。

  
           


           
           2017年 5月
 

           529日(月)  無知とは恐ろしいもので・・・

  26日、かなり長いことメモしていなぁ、と思い、日付を見ると、前回が426日、丁度。1ヶ月経っていた。前日の蛍を思い出し、ちょっとだけメモしておいた。

 なぜにかくも長きにわたりメモ不在だったか少し弁解しておく。

 無知とは恐ろしいもので、このホームページのソフトでは、改行には、ENTERだけでは不十分で、ENTER+SHIFTが必要だったのだ。それを知らず、ENTERだけで改行していたので、1行ごとにセルを作っていたらしい。

 PCの動きが遅く、自由にならないので、人に聞いて、こうではない 

か?と教えてもらった。教えどおりやったらうまくいったので、すべてを修正していたのだ。

 強引に、力技で何とか体裁だけは作っていたが、やはり行き詰まる。何事にも合理的なやり方というものがあり、そこを外して、力技で強引にやろうとしても、どこかで行き詰まるものだ、ということが身に染みて分かった。
 この修正作業も、力技で、強引に修正していったのだけれど、今考えると、もっと簡単で、易しく修正できる方法があったのに・・・と少し悔やまれる。

 こんな時は、ちょっと立ち止まり、冷静に考えてみることだ。

恐らく、テニスにも当てはまることのように思う。
 ちょっとしたコツがあるのに、強引に体裁だけを整えても、きっと行き詰まる。

 少し立ち止まって、他人の意見も聞いてみたり、冷静に自分のプレーを見直してみたりすることも大事なことだと思う。

 少し回り道のようには見えても、結局は近道になるのかも・・・。

 これは、まさに自分自身に云い含めている戒めである。


  

   5月26日(金)  楽しや5月の最後は初蛍

 昨日、帰りしなに今年初めての蛍を見た。
 ナイター練習会を終え、照明を消し、道路に出る。東の縄を張り、次いで西の縄・・・西側の進入路に4灯、蛍の光だ。かなりはっきり大き目、源氏蛍だ。そろそろだな、とは思っていたが、忘れずにやってきてくれた。

 数週間前に、毎日現れて楽しませてくれたジョウビタキが、別れを告げに来てくれた。そう思ったのは、ほぼ1mの距離まで近づいて、逃げもせず、ちょこちょこと寄ってきてくれたからだ。
 それ以後はまったくお目にかかれていない。きっと旅立ったのだろう。また来年、きっと来てくれるのを楽しみに、命永らえてやろうと思う。     我がファイナルでは寂しい気分になる間もなく、このコートの周りには沢山の草花や鳥たちが訪れる、無論、人も・・・・

 気がつけば、5月もあと数日。雨も多かったが、5月晴れの日でも25℃前後で、テニスにはもってこいの5月だった。

 僕らにも「楽しや5月!」であった・・・そういえば、周りの人に聞いてみると、この「楽しや5月」という歌を知っている人がほとんどいなかった。あんなに有名なのに・・・と思って調べてみると、何と文部省唱歌として教科書に載ったのが昭和26年というから、知らないはずだ。まだ生まれていなかった人がほとんどだ。

 青柳善吾の訳は翻訳つながりで言えば、原詩にかなり忠実だという。


楽しや五月 草木は萌え
小川の岸に すみれにおう
やさしき花を 見つつ行けば
心もかろし そぞろ歩き

うれしや五月 光は映え
若葉の森に 小鳥うたう
そよ風わたる こかげ行けば
心もすずし そぞろ歩き小川の岸に すみれにおう
やさしき花を 見つつ行けば
心もかろし そぞろ歩き

 この歌の元歌はモーツアルトの「春へのあこがれ」。1791年、子供雑誌からの依頼で作曲された晩年の作である。直前に完成したピアノ協奏曲の主題から転用したものだという。西洋の春は5月からで、一気に緑が芽吹き、鮮やかな春が訪れる。季節的には宮崎に比べるとかなり遅い春だ。

五月の歌を日本語とドイツ語で・・・

http://videolike.org/view/yt=ct%7Ch6RdDU6_

 https://www.youtube.com/watch?v=cNgLpTLBEdQ

 
             2017年 4月

    4月26日(水) 翻訳命3 もうちょっとだけ

 
今日はミズ曜日、朝から雨、体を労わる日となった。
さて、翻訳についてこんなに入り込んだのは、僕が語学に興味があるからではない。全く逆で、外国語はまるきりダメ、努力した経験もない。

 だから、すべて翻訳を頼りにするしかない。でも、僕がどんなに努力して、何とか逐語訳を果たしたとしても、それはとても翻訳などといえるようなものではないだろう。

 「古池や蛙飛び込む水の音」を英語にする試みはいくつもあるが、それで芭蕉のこの句が伝わるかは、非常に疑問だ。
 「古池や」と言っただけで、僕は木立の中の小さな庵、その庭にある苔むした池を思い浮かべる。
 蛙が大きいわけはない。石の上の小さな蛙が池に飛び込む。ポチャンと小さな音がする。辺りの静寂を少しだけ破る。がすぐに元の静寂がおとずれる。

 多少の違いはあるだろうが、多くの年配?の日本人は、こんな情景を思い描くに違いない。この最小の文章で、このような情景を外国人に伝えられるだろうか?

 最近流行った「忖度」という語に相当する単語は英語にはないという。日常的には死語になっているこの言葉は、お役所、政界、古い会社などでは現役のようだ。
 いい忖度と悪い忖度があるといった知事もいたが、まず、いい意味はない、と言った方がいいだろう。身分の下の者が、上の者の意向を酌んで、ご機嫌取りをするわけだから・・・。つまり、悪意はないので、誰も責任を取らなくていい、という思いやりに溢れた?言葉なのだ。こういう風土を理解しないで訳したとしても、不可解でおそらく外国人には意味が通じないだろう。

 確かに忖度自体が悪いわけではないだろう。仮に、この学校が、誰もが拍手するような立派なものだったら、何の問題にもならなかっただろう。一番問題なのは、こんなひどい学校が忖度の対象になったということで、ここが一番の問題なのに、そこは問題にされていないように思うのだが、どうだろう。

 この問題の根も深いが、深入りするのは止めておこう。

 次からは、僕自身の翻訳問題の本題に入れるかもしれない


  4月
23日(日) 翻訳命2 「枯葉」 猿真似は威力


 ファイナルの山肌に藤の花がチョコチョコと点在して彩りを添えている。4月はもうすぐ終わりだ。
 クラブハウスの入り口通路付近には、2種類の白い可愛い花が咲いている。名前が分からないので、とりあえず「ファイナルホワイト」ということにした。木々の新緑もまぶしい。
 こんな若葉の季節に「枯葉」もないだろうと思ったが、シャンソンのつづきでメモする、と書いてしまったので、少しだけメモしておこう。

 「枯葉」はジョセフ・コズマが作曲したものに、ジャック・プレヴェールが詞を付けた。「夜の門」という映画の中で、まだ初々しいモンタンが、口ずさむシーンがある。映画もこの歌もヒットはしなかったが、すでに人気歌手だったジュリエット・グレコが歌いヒットさせた。モンタンの「枯葉」が世に出るのはその後のことである。

 
さて、やがてアメリカにも上陸するが、その時の英訳タイトルは、「Autumn Leaves」である。これもまたビング・クロスビー、ナット・キング・コール、フランク・シナトラなど、多くの人が歌っている。

 フランス語の元歌ではLes Feuilles mortes となっており、死んだ葉、そして地面に積もっている落葉を北風が吹き飛ばしていく、という情景になっていて、楽しく輝いていた頃の甘い思い出を風が吹き飛ばしていくことと重ね合わせた失恋の歌である。

 英語版の「枯葉」ではthe falling leavesとなっているから、まさにひらひら舞い落ちている枯葉だが、ちょっと甘めで、全体的にも原詞とはかなり違った訳になっていると思う。
 また、英語版では、歌の前説となるいわゆるヴァースの部分はなく、いきなり「かれはよ~」という部分に当たる「the falling leaves」で始まる。

 
日本語の訳詞では、「風の中の灯 消えて行った幸福を・・・」で始まる中原淳一のものと、「あれは遠い思い出 やがて消える灯影も…」で始まる岩谷時子のものが有名だが、いずれもかなり意訳したもので、僕にはまるで別物に聞こえる。

 僕にとっての「枯葉」は、多分、中学生の頃観た映画で、モンタンが黒いタートルネックのセーターを着て歌うシーンがあり、とてもカッコいいと思ったことに始まる・・・まではいいとして、何を勘違いしたのか、どうしても真似したい、と思ったのだ。

 多分、当時のドーナツ版のレコードを買い、カタカナのフリガナが付いた歌詞を見ながら、一節一節、真似していったのだ。何度も真似しているうちに、自分の中では、フランス語らしくなった、と思えるように成って来た。無論、フランス語のフの字も知らない(今も同じ状況だが)時にである。

 大人になっても、カラオケのない時代、仕方なく歌わされた時は、よくこれを歌ったものだ。英語の分かる人はたくさんいるので、拙い発音で歌いたくはないが、フランス語の分かる人はほとんどいない時代だ。無知とは恐ろしいもので、恥も外聞もあったものではない。(ただし、今のカラオケの時代には、さすがにこんな小真面目な歌は歌っちゃダメ、くらいの空気は読めていると思っている)。

 演歌は勿論だが、フォークソングにしろ日本語の歌は、好きだの、永遠だの、恥ずかしくてやってられないが、外国語は、こちらも意味がよく分からないので、ほとんど恥ずかしさを感じない。まぁ、楽曲のハミングみたいなものだ。
 また、フランス人の歌うシャンソンは言わば日本の演歌であり、やはり、ねっとりとしているようでちょっと抵抗があるが、モンタンはイタリア人なので、割とあっさりしている。その点も僕の好みに合っている。

 フランス語らしく歌えるシャンソンはこの1曲だけで、今も意味はよく分からないが、わけもわからず、ただ猿真似で覚えたこの「枯葉」は、仮に今、一語一語単語を辿って歌ったとして、その代物と比べれば、はるかにフランス語っぽいと思う。猿真似というのは、バカにできないものである。

 とって付けたようではあるが、テニスでもそれは言えるような気がする。どんな理屈をつけて覚えても、頭と体は別物だ。体に丸覚えさせるのが、一番の近道で、理屈は後で付ければいい。

 翻訳については、別のことが頭にチラついて取り上げたつもりだったが、大きく逸れて、シャンソン談義、偶然にも恋の喜びを歌った「愛の賛歌」と、深い失恋を歌った「枯葉」という両極の歌を取り上げることになった。

 テニスのオチもついたので、シャンソンのオモチャ箱は、これでとっととお仕舞。(でも翻訳はまだ多分続くよ)

 イヴ・モンタンの「枯葉」
https://www.youtube.com/watch?v=gPJ9ZvPMf-Q&list=PLFlJ5YFl3qmOC28JHE9Do8eo5tKs9
_yO4&index=52


 有りました、カタカナの枯葉
http://chansonzanmai.blog27.fc2.com/blog-entry-175.html

 エディット・ピアフの「愛の賛歌」
 https://www.youtube.com/watch?v=aPcHqDlROb4  





 

 


      4月19日(水)  翻訳命(1)シャンソン


 4月7日のメモに、「僕らの聞く音楽はいずれにしても翻訳ものだ。」と書いているが、無論、音楽に限らず、僕らが接する外国の文章のほぼすべてが翻訳だ。しかも、その翻訳の力が凄い。例えば詩の翻訳家は元の詩に啓発されて、創作をしている、と思ってもいいくらいだ。翻訳者の文学性あるいは詩心が、大きく問われるところだ。文学や詩に限らず、歌の訳詞にしてもそうだ。

 例えばシャンソン、エディット・ピアフ自身が作詞した「愛の賛歌」。
 越路吹雪が歌った岩谷時子訳詞の「あなたの燃える手で・・・」で始まるものが有名だが、これは原詩とかけ離れ、多少、やわらかく、甘めにアレンジしてある。
 原詩はそんなに甘いものではなく、もっと激しく、命がけのものだとして、いろいろな人が訳している。

 自身も歌手である松永祐子版では「たとえ空が落ちて 大地が崩れても 怖くはないのよ・・・」となっていて、こちらの方が原詩には近いと云われている。
 
自身も訳詞している美輪さん、非常に怒って「ピアフは彼の恋人が死んで、それを悲しんで作った歌なのに、結婚式で歌うバカ(とは言わなかったかな・・・)がいる」と言っているのをインタヴューで聞いたことがある。

 当時はそう云われていたが、後に、実は彼が死ぬ前に書かれたものであることが判明した。美輪さんに代わって弁明すると、多分、彼は時間的な後先よりも、そんな甘っちょろい恋なんかじゃないよ、文字通り命を懸けた恋なのでおめでたい式なんかで歌わないで欲しい、ということだったのだろう。

  ピアフは歌手としては名声を欲しいままにしたが、その人生は生まれた時から非常に幸せ薄いものだった。たくさんの男と恋仲になり、同棲と別れを繰り返す。

 そんないろいろな出会いの中で、才能を見出され、スターダムにのし上がる。成功を収めた後も、後ろ盾となって、有名にするのに懸命だった恋人イヴ・モンタンが、「枯葉」で世に出て成功すると、彼女は静かに彼のもとを去る。

 彼はといえば、その後、女優のシモーヌ・シニョレと結婚。モンタンはその後も浮名を流し、モンローとも恋仲になり、それが原因で、シモーヌは自殺未遂を犯す。けれど結局、彼女が死ぬまで寄り添った。

 賛歌で歌われたピアフの恋の相手はプロボクサーで世界チャンピオンにもなったマルセル・セルダン。彼にはすでに妻子があったが、優しい男であったらしく、「私の生涯で、本当に愛したのはマルセルだけ」と彼女に言わせている。

 彼は試合に出るためにフランスからニューヨークに向かうが、コンサートで、すでにそこにいたピアフから、「早く会いに来て」と言われ、予定を変更して乗った飛行機が墜落、亡くなってしまう。(この飛行機には、庄司紗矢香さんをメモした時に、彼女が最も感銘を受けたバイオリニストとして挙げた、天才バイオリニスト、ジネット・ヌヴーも乗っていて、ピアニストの兄とともに亡くなっている。

 セルダンを失った後のピアフは、交通事故にも遭い、酒と麻薬に溺れて苦しむ。
 しかし、その後、奇跡の復活を遂げ、またステージで歌っている。
 彼の死後、彼女は自ら彼の妻と会い、真実を話し、その後は仲のいい関係を保ったという。

  彼女の生涯を追うと、かなり自堕落な人生のように見えるが、実は相当にストイックで生真面目な面があり、それがままならぬ実人生と齟齬をきたし、彼女の人生を苦しいものにしていった、という風にも思える。特に、歌に関しては厳しく、妥協は無かったという。

 ピアフの生涯の救いは、最後に結婚した20歳年下で、彼女のファンだった俳優テオ・サラポとの結婚だったのかもしれない。ピアフの財産目当てではないかなどと勘繰られたりしたが、事実はピアフは多額の借金を抱えていた。亡くなった後、彼は独力で返済しきったという。

 翻訳の話が、またまたとんでもないところまで飛んでしまった。いっそのこと「枯葉」までいくつもりだったが、今日はお仕舞・・・(続くつもり)

     

        
       
4月8日(土)  春に3日の晴れ無し


 「春に3日の晴れ無し」 とはよく言ったもので、本当にその通りだ。

 これは、偏西風、とりわけ中心部の強烈なジェット気流というやつが、春、暖かくなると北上してきて、移動性の高気圧を素早く運び去ってしまうためらしい。この気流は秒速100mにも達するもので、あっという間に晴天を持って行ってしまう。

 例年、3月、4月、5月は月間10日近くは雨だという。まぁ、そのおかげで作物は育ち、木々の緑が鮮やかになるわけだから、それもまた好し、ということだろう。しかし、近年、このジェット気流が大きく乱れ、気候に大きな変化をもたらすかもしれないといわれている。
 気まぐれな気流の乱れは、僕らに恵みの水をもたらしてくれる台風や梅雨を遠ざけて、水源を枯渇させてしまい、生活にも大きな影響を与える恐れがある、とも言われている。

 これは大変恐ろしいことである。しかし、それより恐ろしいことは、人間の愚かな過ちによって、人類の生命が根こそぎ奪われてしまうことだ。

 化学兵器は確かに悪い。ならば原爆はいいのか?
 化学兵器への報復だというが、報復なら許されるのか?

 
広島への原爆投下は、市民、子供達への無差別殺戮だ。これも報復だったとして許されるのか・・・。ベトナムでの化学兵器による無差別殺戮は許されるのか・・・

 広島への原爆投下は、市民、子供達への無差別殺戮だ。これも報復だったとして許されるのか・・・。ベトナムでの化学兵器による無差別殺戮は許されるのか・・・

 今日は雨の合間に結構たくさん遊んだ。疲れて足も痛い。
 流れているBGM、ベートーヴェンのバイオリンコンチェルト作品61、いつもよりずっと物悲しく聞こえている。

    
      2017年4月7日(金)  音楽はどこまでも運ぶよ

 
早や4月、宮崎の春はさっと来てあっという間に去る。
  昨日は3分咲きだった裏の(表かな?)畑のソメイヨシノ、今日はもう7分くらい咲いている。雨の所為か少し寂しげではあるが・・・。

 昨日は片言だったウグイスも、今日はしっかり標準語でさえずっている。生憎の雨だが、湿った小山の緑に木霊して、かえって瑞々しく聞こえる。

  今日は練習会も雨で流れたが、時には雨もまた好し。ガット張りの内職に勤しんだ後は、またまた音楽を聴きながら、ソファーでお茶、とシャレている・・・つもり・・・。このところチャイコフスキーのオーケストラやコンチェルトなどを中心に聞いている。

 
クラシックというと、何かお堅くしょってるように思われるかもしれないが、当時のベートーヴェンは、今でいえば、完全に「ロック」、人々はその斬新さにおったまげたに違いない。まぁ、僕の感性はその時代から進歩していない、ということだろう。でも、絵画にしろ音楽にしろ、現代が当時を超えているか、と問われれば、「全然・・・」と答えざるを得ないだろう。

 
音楽は本当に不思議だ。時代を大きく超えてもなお、僕らの魂を揺さぶる。

 折角だから、「生演奏を聴け」と勧められることも多いが、僕は意に介さない。僕らの聞く音楽はいずれにしても翻訳ものだ。指揮者や演奏家の解釈したものが、楽器という媒介物を通して届けられる。僕は専門家じゃないし、評論家でもない。単なる物好き。僕の頭の中には、大抵いつも何か音楽が鳴っている。それで十分、誰の曲で、誰の演奏かは、ほとんど問題にならない。
(ついでに、もう、旅にも山にも出かけなくていい。最近は酒も飲まない。)
 僕はここを動かず、できるだけ多く聞きたい、と思う。

  
ここのソファーに座って外を眺めると、コートの向こうには杉木立、コートと木立の間には大きな柳があるが、先週はまだ枯れ木だと思っていたのに、今は新緑がまぶしいくらいだ。

 その木立の向こうには空が広がっている。今日はどんよりだけど・・・。空(そら)、空(から)、空(くう)。「夢」の時も感じたが、同じ字でも、意味は全然違う。
 仏教でいう空(くう)は難解なので、今日のところは置いておこう

  空(そら)のイメージは、きっと空っぽだったのだろう。この「空っぽ」というのが、また難しい。何もない、とはいったいどういうことか?そこではやはり、有るということはどういうことか、つまり「存在」とは?という問いになるのだろう。これも置いておこう。
 空(そら)も今では空っぽなんかではなく、ぎっしり詰まった空間だということが分かっている。

 さて、その向こうには、我々の銀河が延々と連なっている。そして更にその向こうには果てしない宇宙が広がっている。この果てしない我々の宇宙のその果てには、我々の知らない、多分別の宇宙があるに違いない、宇宙研究の最先端では、そういう問題も論じられているという。ここに座していても、空想は果てしない。

 行くところまで行っちゃったので、これまで・・・(多分つづく)




             
            2017年 3月

    3月17日(金)  オイラのオモチャ箱
    
 
ファイナルのクラブハウスは、相当雑然としていて、不快な思いをされている方も多いのではないか思う。これには僕も然り、と頷くしかない。ところが、僕はあまり気にならないし、逆に、整頓されすぎていると落ち着かない方なのである。

 このクラブハウス内と同様に、僕の頭の中も雑然としていて、まるでオモチャ箱をひっくり返したような状態だ。僕には体系的な知識と言えるものはまるでなく、もちろん専門的な教養もない。時々の楽し気な興味や、見過ごすには忍びないもの、ちょっと文句をいいたいこと、心に残った音楽や身の回りの生き物、天体や宇宙、等などが、小さなオモチャの塊みたいに転がっている。いつでもこれらの中に取り込んだり、取り出したりして遊べる状態にしてある・・・と思っている。

 このメモもふと思い出しては取り出して遊んでいるオモチャの一つなのかもしれないな~。

  僕のそんなおもちゃ箱の底には、ひとつ大きな箱があって、普段は気付かないで済むように納めているが、時々は覗いてみたい気持ちにかられる。でも、その深さにたじろぎ、思わず後ずさりしてしまう。

 中には小さな箱がいくつかあり、ちゃんとラベルは貼ってあるけれど、中身はほとんど空っぽだ。小さな箱の一つには「サルトル」のラベルが張ってある。

 
昨年暮れのメモ、ノーベル賞のところで、唯一の自発的辞退者として、サルトルの名前を挙げている。(辞退の理由は、「どんな人間も生きている間に神格化されるには値しない」ということだった。彼は他のいかなる賞も辞退している。)

 サルトルの著作が難解であるのは確かだが、手に負えない理由の一つには、彼自身が社会参加していく中で、多くの変身を遂げつつ、自身の思索を深めていった、ということにもある。
 アルジェリア民族解放戦線を支持したり、キューバの革命政権を支持したり、多くの民族解放運動を支持した。

 次第にマルクス主義への支持を鮮明にし、ソ連の立場を支持していたが、ハンガリー侵攻やプラハの春に対する軍事介入、あるいは官僚の腐敗、堕落に失望し、その姿勢を転換する。最後にどの地点に到達したのかは、僕にはよく分からない。
 しかし、幾多の変遷を経たとはいえ、それらはいずれも彼の実存主義的行動の一部であり、彼はあくまでも「実存主義者」であると思う。

 サルトルは僕が生まれた年に、代表作ともいえる「存在と無」を出版している。ハイデッカーの「存在と時間」およびフッサールの現象学の影響を色濃く受けている、とてもとても難解な大著である。38歳、高校の教師であった。

 1943年といえば、第2次大戦中のフランスは、ナチスドイツの占領下にあった。そんな時代に(そんな時代だからこそ・・・かな)、世間的には何の役にも立たない人間の存在という原理を追及していたのかと思うと不思議な気がする。

 彼は38年前に、現在の僕の歳で亡くなっている。丁度、僕の38年先を歩んでいたことになる。僕は2歳で終戦を迎え、その後、戦乱には巻き込まれていないが、彼の時代は、まさに戦乱に翻弄された時代だ。だから、彼はまさしく、戦乱の時代に、本当に波乱に満ちた、冒険的な一生を送った勇者だ。

  彼を語る上で、忘れてはならない存在が、彼の同伴者「第二の性」の作者ボーヴォワールだ。これに記された「人は女に生まれるのではない、女になるのだ。」というセリフは、この時代、女性解放に携わった人なら、誰でも読んだセリフだと思う。

 二人の関係は『サルトルとボーヴォワール 哲学と愛』という映画にもなったが、かなり凄まじいものだ。2年間の契約結婚をするが、何人もの愛人を次々に作っていくサルトルと、契約だと割り切りつつも打算と愛情の狭間で苦悩しつつ、彼女の方も愛人を作りながら、しかし、結局は生涯を共にする。
 
この状況には、当時のフランスの階級社会、それとサロンを中心とした社交界の伝統という背景もあるのだと思う。
 「年ごろの娘たちは結婚のために結婚する。結婚によって自由になれるから。」という文章もあるが、これはそのことをよく示していると思う。

 
女性は結婚するまでは、とにかくお堅くしていて、いい相手と結婚する。結婚するとある意味自由になれる。男も女も結婚に愛情を求めない。結婚はほぼ政略結婚という類のもので、有利な階級を手に入れる手段だ。上の階層では、結婚後の男女はサロンに出入りする。ここは自由恋愛、つまり不倫も文化であり、一種の美徳ですらある。サルトルもそういう時代の男であった。

 
「第二の性」は女が男から独立しない付属物として扱われていることに対する、痛烈な分析と挑戦である。男性社会に疑問を持つ多くの女性に、大きな影響を与えた著作であり、決して古くはない、現在でも一層鮮明に引き継がれている本質的な問題が語られていると思う。

 (難しすぎて、あまり深入りしたくはないが、僕なりのオモチャ化ができて、いつの日にか続きがメモできるといいな、とは思う。)

 以下に簡単な解説をリンク・・・

 第の性については、
 http://www.syugo.com/3rd/germinal/review/0052.html
 「存在と無」については
 http://booklog.kinokuniya.co.jp/nakayama/archives/2010/03/post_
 61.html


      
    
3月3日(金)  山高きが故に貴からず・・・

  31日のメモ(夢の話)、舌足らずだな、思ったので、少し書き足しておきたい

 夢というのは、山登りに例えると、目指す山頂をいうのだと思う。頂上を目指すには、力の限りを尽くす必要がある。しかし、天候や時間などの条件によって、頂上に辿り着けるかどうは、半分は運みたいなものである。

 頂上を目指す際に、途中の木々の緑や、沢の水音や岩肌や、夜の星々の街では見られない輝きや、焚火の温もりや、そういう景色のすべてを味わいながら登らなければ、成功か失敗かの二択になってしまい、山登りの醍醐味が色あせてしまう。

 山の頂上は結構すぐに飽きてしまうものだ。展望の全くきかない山頂もある。 長居するところではない、と思うのが普通だ。
 「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しとなす」 というのは山になぞらえた人間の話なんだろうけど、そのまま山と樹だとしても、その通りだと思う。

 緑豊かな山の樹々は地下に水を貯え、渓谷を創り滝を創り、生き物を育てる。
 それらの営みが山々を瑞々しく魅力あるものにしている。だから、山道は、その一歩一歩の過程を踏みしめ、味わい、楽しみながら歩くことが大切だと思う。

 僕は味わったことのない境地なので、コメントするのもおこがましいが、想像でいうと、チャンピオンになったら、それを目指していた過程こそが一番充実した日々だったと思うのではないだろうか。

 以前にも「夢」より「志」とメモしたことがあるが、その志すところが、「他人にも喜ばれる」ことであれば、言うことなし。
 舌足らずが解消されていないかな・・・

 夢を追いかけても、他人の邪魔をしたり、他人を傷つけたりばかりして、その過程が汚らしいものだったとしたら、その夢もまた色褪せたものになってしまうこと。つまるところ、夢は大事、だけど、それを目指す過程、日々の一歩一歩はもっと大事。そこにこそ楽しみがあり、それを味わい尽くすことの方がもっと大事、ということが言いたかったのかな。

      
     
31日   弥生の「夢」は・・・

 「始まりは終わりの始まり」 「終わりは始まりの始まり」 これに関して、もう一つ連想したことがある。それは「夢」だ。

 将来の夢、という意味でいうと、夢は一つの到達点だと思う。到達点に辿り着ける者と、挫折して辿り着けない者に分かれるが、いずれにしろその時点で夢は終わる。
 終わった夢のつづきはどうなるのだろうか。次の夢、次の夢と駆り立てられるのだろうか。

 満足に御飯が食べられなかった戦後すぐの状況では、満足に食べられることは夢のまた夢であった。しかし、それらが満たされると、次から次へと夢が続く。充分ということはないのだろうか。

 オバマさんの「Yes, we can.」 の反対語として「Let it be.」 と言うのを、ネットで見たことがある。やればできる!と、そんなに頑張らなくても、あるがままでいいじゃないか、というものだった。

 こんな風に考えてみるのはどうだろうか・・・今、自分が生きて、今日という日を過ごしているのは、沢山の奇跡が積み重なって起きている本当に奇跡的な状況なんだと。今日を生きているということで、十分に夢がかなっているのだと・・・。
   だから、この奇跡を生かして、今日という日を大切に過ごしていこうと。昨日の夢は今日かなった、今日の夢は明日につなげていこうと。

 将来の目標は勿論大切で、それ無しには頑張れないかもしれないが、もう、今日を生きていることで、夢はかなっている、と考えた方が、はるかに楽しく生きられるのではないだろうか。

  僕は見果てぬ夢にすがるよりは、一日一日を大切にすることの方が大事なことだと思っている。お前は爺だからそなことが言えるのだ、という声も聞こえないではないが・・・。

 爺といえば、札幌農学校で教鞭をとったクラークさんの「少年よ大志を抱け」を思い出す。その後に「この爺さんみたいにlike this old man」 という続きがあったという。爺さんと言っても当時彼は53歳だったというから、まだ爺さんとは言い難いが・・・。僅か8か月で去った農学校ではあったが、その影響力は大きく、たくさんの逸材を生み出した。
 帰国後の彼は、その言葉通り、大いなる野望をもっていろいろな事業に手を出すが、失敗を繰り返し、失意のうちにこの世を去ったという。

  話は変わるが、睡眠中のいわば幻覚ともいうべき「夢」と、将来のリアルな願望である「夢」が、同じ言葉でまとめられるのは、どうにも合点がいかないところがある。
 あまり現実味のない空想というものを媒介にして、二つの「夢」が結びついているのだろうか。

 こちらの「夢」は、フロイトにとっては重要な役割を持っている。抑圧された無意識下の願望が、いろいろな加工を施されたり、歪曲されたりして、夢として顕在化される時に受け入れられやすい形をとり、ある程度のストーリーに仕立てられる。そのストーリーを遡行していくと現実の問題が浮かび上がるということらしい。

 しかし、理論の組み立てに飛躍があり、科学的と言えるかどうかは疑問だ。臨床的な心理学ということだろうと思う。脳生理学的なアプローチなどいろいろな研究があるが、夢というのは、まだ十分には解明されていないらしい。

 夢、夢、夢か・・・今日は夢にうなされるかもしれないな。でも、コントロールできるわけじゃないし、ケ~セラ~セラ~

             
            2017年 2月

    2月27日(月)  「終わりは始まり」の始まりなのだ~!

 
前回、ニャンコの日のメモが、「始まりがあれば必ず終わりがある」 と、強調した内容で終わり、中途半端になってしまった。それには続きがあって、「終わりがあれば必ず始まりがある」、ということもメモしたいことだったので、少しだけ続きをメモしておきたい。

  「終わりは始まり」の始まりだ。というよりも、終わる前から、次の始まりが 始まっている、というのが正確かもしれない。

 
 絶滅期に関しては、諸説あるようだが、いずれにしろ、完全に絶滅しているわけではなく、しぶとく生き残る小動物や地中深くにいるものや、海中深くにいるもの、微小生物など、運よく絶滅を免れるものもたくさんいて、それらが次の世代の生き物の世界を長い年月を重ねて形創っていく。

 
人間個人に関しても、例えば僕が死に絶えたとしても、僕が受け継いだDNAが子や孫に、DNAの情報として記録され、生き残っていくはずだ。ある意味恐ろしいことでもあるが、それが事実だろう。

 だから、根こそぎ焼き尽くしたり、死に絶えさせたりしてはならない。テレビのニュースで、たしかカンボジアだったと思うが(特定せずとも、至る所で見られる光景になってしまったが・・・)深く長く掘られた溝に、白い袋に入れられた爆撃で亡くなった人たちを埋めていく映像があった。例えて申し訳ないが、頭の中で、鳥インフルエンザで処分される鳥たちと重なった。いつも鳥の殺処分の映像を見るたびに思う。これと同じことが人間に対しても行われてきたと・・・。

 欧米のヒューマニズムは、先ず、その名の通り、人間様第一主義だ。しかも、都合の悪い人間は、人間と見なさない。人間ではないのだから、焼こうが煮ようがお構いなし、というわけだ。

 西洋からのアメリカ大陸侵略に当たっては、現地人(インディアン)は人間として見なされていない。しらみに例えた大統領もいたという。奴隷も無論、人間として扱われていない。日本人もさしずめ類人猿の類とみなしたようだ。原爆で無差別に民間人を殺傷するのも、ベトナム人をナパーム弾で焼き尽くすのも同じ理屈だろうと思う。トランプさんのアメリカ第一主義が、こういう類のものでないことを祈りたい。

 日本人もこれら欧米の猿真似をして、アジア諸国に対して、大変な殺戮と侵略を行った。しかも、この大戦についての日本独自の総括、裁判をしていないので、いつまでたっても宙ぶらりんだ。こんな状態では、孫子の代までいつまでも、謝り続けなければならないだろうと思う。

 死に急がなくても、必ず死はやってくる。地球を痛めつけなくても、必ず終焉が待っている。もっとすべてのものを優しく、いたわりながら終焉を待ちたいものだ。

            
     222日(水)  「ニャンにゃんニャン」の雨の日に

 猫の日らしい。いろいろ考えるもんだね。ちょこっとユーマのことを思い出している。彼は僕を大いに癒し、猫好きにしてくれた。

  好きなものが増えるということは、それだけで成長だと思うので、僕を大いに成長させてくれた。僕を成長させて、彼は逝ってしまった。短い時間だった。   今、彼はコートのずっと奥の木の根元の土の中で、冷たい雨に濡れているはずだ。

 最近、縁戚の女性が東京で亡くなった。葬式はしない、という。
 お悔み、香典の類も一切辞退するということで、近頃では珍しいことだが、それも「あり」だな、と思う。遺族には何の煩いもなく、弔意を表したい人にも、何も煩わせない。少し寂しい気もするが、潔い逝き方だと思った。僕もこれでお願いしようと思っている。

  「何の為にメモなんぞしているのか?」 「答えは風に吹かれている・・・」なんて、便利に答えていたが、あるいは遺言を認めているのかもしれないな・・・大したことない上に面倒な遺言だが、まぁ、一歩一歩、踏みしめている足跡かな。雨が降り続き、人気はない。頂いたチョコレートを舐め、お茶を飲み、飽きもせず音楽を聴きながら、パソコンの前に座っている。

 思うに、何物にも始まりがあれば、必ず終わりがある。どんなに不変に見えるものも、必ず終わる。

 ただ、この「終わる」といういい方は、本当のところは適切ではないかもしれない。生き物としての役割を終える、と言うべきだろうか。

 ざっくり過ぎる簡略化をすると、太陽の寿命は100億年、水素とヘリュームでできている太陽は、寿命の半分近くを生きて、余命は50数億年という。地球の親分は太陽だから、太陽が死ねば、地球は生きていられない。その前に太陽は大方の水素をほぼ使い、ヘリュームで余命を過ごすが、その時赤色巨星となり、200倍くらいの大きさになるという。

 このとき、地球は飲み込まれる、という説と、飲み込まれない、という説があるが、太陽の巨大化とともに、地球の軌道が遠のき、飲み込まれないだろうという後者が有力のようだ。太陽はその後、白色矮星となり、小さくなる。最後には小さな塊になるらしい。

 地球はもともと岩石や金属でできていて、生きているとは言い難いので、そのまま塊として残る、ということらしい。そういう意味では、終わりはない、というべきなのかもしれない。

 人間の終わりだって、生命は尽きるかもしれないが、遺灰として残り、その後も分子や原子レベルでは形を変えて残り、消滅することは多分ないのだろう。だが、僕ら生き物にとっては、これはもはや存在しているとは言えないだろう。恐らく、太陽や地球にとっても、単なる塊となってしまっては、生きているとは言えないのだろう。

 ざっくり地球の寿命をメモしてみたが、地上の生き物という観点からみると、もっともっと近くに死はある。およそ2600万年ごとに、生物の絶滅期があり、すでに12回の絶滅期を経験しているという。現在進行形の絶滅期は半分の1,300万年が経過しており、こちらはあと1,300万年で絶滅期を迎えるという。大部分の生き物は死に絶え、わずかに小さな生物や微生物が生き残る。先日、NHKの「コズミックフロントNext」でやっていた。「謎の凶星メネシス」の仕業だというが、細かなことは確かめられていないようだ。

  ちょっと長くなり、収拾がつかないな~。このカウンターでの思い付きでは、メモ自体もかなり不正確かもしれない。続きをメモするときに、もう少し記憶を正し、チャンと調べて、訂正、修正を施すことにしよう。

 いずれにしろ僕は死に、塊として存在し続けることだけは確かなことだろう。   (人気のない雨の夜、クラブのカウンターにて)

 

     
     
210日(金)  ただ風が吹いているだけ

 誕生日にフェデラーVSナダルの頂上決戦があり、ちょっと満たされた気分の余韻に浸っていたが、すでに10日以上経ってしまった。

 ナダルは少しダメージを受けたようで、次のロッテルダム大会を欠場するという。十分休養して、また満足いくパフォーマンスを見せてほしいところだ。フェデラーはやはり別格の鉄人だ。今後も十分体調を整えながら、僕らのために活躍してほしいと思う。

 今日も午後から強風になってきたが、昨晩に比べればかなり楽だ。

 「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして・・・」というのは、元祖「君の名は」の冒頭のナレーションだ。このラジオ番組は昭和27年から2年間続き、夜8時からのこの時間帯は、風呂屋から女性の姿が消える、と言われた。

 僕はまだ小学生だったから、興味は湧かなかったが、この放送劇の人気ぶりはしっかり記憶に残っている。佐多啓二と岸恵子で映画化され、こちらも大ヒットした。しかし、今では忘却の彼方に去ってしまい、「君の名は」といえば、新海監督の大ヒットアニメのことである。

  「風」といえば、ボブディランの「風に吹かれて blowin' in the wind 
どれくらいの人が死ねばあまりに多くの人々が死んだことに気づくのだろう
友よ 「答え」は風に吹かれている  「答え」は風に吹かれている。


 歌手というのは、何とも因果な職業だ。彼はこのフォークソングを「体制への抵抗歌」として作ったわけではない、という。しかし、抵抗歌として世界中で歌われ、大ヒットし、数々の賞を受ける。結果、反体制の象徴としての歌になってしまった。
 何度も何度も同じ歌を歌わされては、辟易するだろう。彼は当然のように変貌し、ギターもアコースティックからエレキに持ち替え、バンドも様変わりする。
 その結果、ステージに上がる度に大ブーイングを受けるようになる。
 思うに、彼は普通の人である。だから、変わるのは普通の自然の成り行きだ。変わらないことを期待する方が無責任だ。

 「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である」 というのは、進化論のダーウィンの言葉である。

  一般論として言えば、アーティストはいわばフリーターである。自分の感性に従いながら、しかし、食うために、多少の妥協をしながら、世間と折り合いをつけていくのは許されていい仕方のないことだと思う。

 
結果的に、彼は僕の期待を裏切って、ノーベル賞を受賞してしまった。これについては、彼なりの思いがあるだろうから、今はコメントをしないでおこうと思う。

 風で忘れちゃいけないフォークソングがもう一つあった。はしだのりひことシューベルツの「風」。作詞は北山修だ。その詩の中に、「何かを求めて振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけ・・・」という一節がある。振り返っても何もない、ということだ。

 またまた単純化して言えば、今、自分が立っている所に風が吹き抜けていく時、風が吹いてきた方向に問題があるのか、風が吹き抜けていく方向に問題があるのか?
 風が吹いてくる方向(過去)に問題がある(規定されている)、というのがフロイトであり、風が吹き抜けていく方向(未来)に問題がある(規定されている)というのがアドラー、と言っていいのかな?

 フロイトに救われる人も多いと思う。自己責任を一身に背負わなくてもいい。アドラーの場合は、すべて自己責任であるから、大変ではあるが、過去のしがらみからは自由である。
 多分、両方あるだろうというのが、僕の感想だが、処世術のレベルではどちらも有効に機能する場合があるのだろう。アドラーには以下のような言葉がある。

人生が困難なのではない。
あなたが人生を困難にしているのだ。
人生はきわめてシンプルである

人は過去に縛られているわけではない。
あなたの描く未来があなたを規定しているのだ。
過去の原因は「解説」になっても「解決」にはならないだろう。

カッときて自分を見失い怒鳴ったのではない。
相手を支配するために、怒りという感情を
創り出し利用したのだ。

変われないのではない。変わらないという決断を自分でしているだけだ。

陰口を言われても嫌われても、あなたが気にすることはない。相手があなたをどう感じるかは相手の課題なのだから。

あなたが悩んでいる問題は本当にあなたの問題だろうか。その問題を放置した場合に困るのは誰か、冷静に考えてみることだ。

 今日はノルマ的にメモってしまった。自分で自分を縛るなんて・・・俺は何を気にしているんだろう。答えは、ただ風が吹いているだけ・・・(便利~)。


                   
            2017年 1月


     131日(火)   トランプ旋風

 
今日はとても穏やかなテニス日和。こんな日に旋風のつづきなんて・・・とも思うが、気がついた時メモしておかないと、すぐ忘れるので、明日はない、と思ってメモしておこうと思う。

 まずトランプ旋風だ。就任そうそう、忙しく吹きまくっている。ほんのちょっとだけ期待感があったのは事実だが、就任した閣僚の顔ぶれを見ると、「トランプよ、お前もか!」と言いたくなる。結局、こういう筋のマネーやパワーに支えられていたのか・・・そして、彼らのために働くのか・・・。
  しかし、今はじっと彼の政策を見守るしかない。矛盾に満ちたこの旋風は、どういう方向に流れていくのだろうか?

 
僕のやくざ論で漫画化すると、「もう、大親分は止めた、普通の親分になって、配下の者だけ面倒を見るから、周辺の親分たちは、適当にやってくれ。ただし、うちのシマにちょっかいを出したら、ただでは済まんぞ!」というところだろうか?
 威勢はいいが、大親分からの廃業宣言だ。それはある意味、結構なことだと思う。いろんな国にちょっかいを出し、火種をまき散らしてきた国だ。それが無くなるのなら結構なことだと思う。
 とは言うものの、経済主導のこの大親分は、金になると思ったら、戦争も厭わないのではないか?という心配はある。何せ、この国は、世界最大の債務国から、世界最大の債権国になり得た「第1次世界大戦」の経験を持つ。戦争は金になる、ということを熟知した国だ。


 多分、日本が大親分を失うことはないだろう。こんなに忠実な子分はいないだろうから・・・。彼らもこの忠実な子分を失うことは、大きな損失だと思うだろう。世界の平和に貢献する、という願いからは遠いが、そのことはこの島の住民一人一人に課せられた課題だから、じっくり、ゆっくり、しかし確かに一歩を踏みしめていく覚悟が必要なのだろう。

 夕方の空はまだ青い。杉並の上半分が、夕日で輝いている。この穏やかな空気が、一日でも長く続くように願わずにはいられない。

 

             
      
1月29日(日)   梨寿なり

 メモりたいことはたくさんありますが、今日は真面目におとなしくしておこうと思います。

  昨日、波寿(はじゅ=なみ寿=73寿)を卒業し、大変おめでたく?梨寿(りじゅ=なし寿=74寿)に相成りました。無論、波寿、梨寿ともに勝手なでっち上げです。波乱の多い波寿になるかと思いきや、あちこち痛い以外には、何の波乱もなく、自宅とクラブを往復しただけの365日でした。
 何日持つかは分かりませんが、みなさんのお力添えを頼りに、この歳の人生を創っていきたいと思います。

 ありがたいことに、何年ぶりかのフェデラーとナダルの全豪決勝が始まっています。フェデラーが1セット先取し、2セット目はナダルリードの展開です。すぐに帰って、試合に入り込みます。なんとも思い出深い決勝になりそうです。

          
     
127日(金)    旋風から妄想の連鎖

 いたるところで旋風が吹き荒れている。トランプ旋風、全豪オープンでは、マレーもジョコも破れ、フェデラー旋風が吹き荒れる。錦織はいい試合をしたが、フェデラーが凄すぎた。仕方ない。

 旋風とはつむじ風のことで、「つむじ」とは旋毛、つまり、オツムのてっぺんの小さな渦巻に見える部分と思えばいいのかな。ただし、その「つむじ」の語源については諸説あり、辻(道が十字に交差するところ)から来たとする説、「つむ」と「じ」からなるとする説など、はっきり断定できる説はないようだ。要するに「小さな竜巻」くらいにしておこう。

 この「言葉を言葉で定義していく」という作業は、止まるところを知らない。深入りすると、また元に戻るか迷宮入りをするかどちらかだ。この「迷宮」の使い方だって、正しいのかどうか?・・・

 迷宮といえば「クラシックの迷宮」という番組がNHKにあり、再放送も時々あるようだ。言葉は気にはなるが、適当なところで「何となく分かった」程度で落とし前をつけないといけない、所詮、市井の輩には背負えない代物だ。

 「風」の話を続けよう。唱歌にはいろいろあるが、クラシック音楽には、風をテーマにしたものが、意外に少ない、というか、ほとんど聞かない。わずかにドビュッシーとかに、あるにはあるそうだ。西洋の風は日本の風と違って、明るく、春風のイメージが強いらしい。よく演奏されるという「ベルリンの風」というのがあり、何とも快活だ。日本人のイメージする風とはだいぶ、趣が違うような気がする。

 ドイツ人パウル・リンケ作曲の行進曲「ベルリンの風」を聞いてみた。熱気球に乗って月世界に行き、歓待される、というファンタスティックな筋書きのオペレッタの一部らしい。

 アバドの指揮で
https://www.youtube.com/watch?v=IzgA5phK2yk


 小澤さんのベルリンフィルもあったので愉快な演奏を・・・
 http://ameblo.jp/123blogishii/entry-12121908470.html

  ポピュラーでは、いきものがかりの「風が吹いている~」ってのもありましたね。
https://www.youtube.com/watch?v=7cIKxP9q0eg

 その他にも沢山あるね。
https://www.studiorag.com/blog/fushimiten/wind-songs/2

 木枯し吹き荒ぶ今日この頃だったが、本日は穏やかな小春日和。風の話は昨日までだったかな。初めメモしたいことからは随分逸れて、最初のイメージは風と共に去ってしまった。何だったのか思い出しながら、メモは続けなくっちゃ!

               
        
114日(土)       夢のつづき

 10日のメモに「続く」と書いたので、続きをメモしなくっちゃ・・・と思ったはいいが、はて、何を続ける気だったのか・・・。多分、軍隊に関するメモだったのだと思う。

  僕は「国家=やくざ」論者なので、当然、軍備は必要だと思っている。国家が存在し、縄張り争いが絶えない以上、自衛のための軍備は必要に違いない。

 
どんな小さな動物にもファミリーがあり、ファミリーが生き延びるために、縄張りを確保する。ファミリーが肥大化し、エサが不足すると、他の縄張りを荒らし始める。
 人間の歴史も、これと変わるところがない。油断すれば、たちまち縄張りを奪われ、路頭に迷うことになる。だが、そこは人間だ。ちょっとは知恵を働かせて、お互い助け合い、分かち合いながら、平和に暮らしたいものだ。

  日本は折角、最高の憲法を持っているのだから、これを足場に、
①決して海外には派兵しないこと 
②先制攻撃はしないこと 
③原爆などの大量破壊兵器は持たないこと 
④しかし、自衛のための軍隊はこれを十分に備え、専守防衛に徹すること

 以上のようなことを世界に宣言し、日本の立場を明確にし、かつ最大限の外交努力をして、世界の平和に貢献することを国是として、世界と仲良く付き合っていくことを目指す。

 これらが初夢に終わらないように切に願いつつ、残り少ない人生、しっかり見守っていきたい。

               
    
 110日(火)   白日の逆夢

 ちょうどトランプさんが大統領になるので、いい機会だ。彼は「アメリカ第一」と声高には発声しているが、アメリカは今までも、いつだって「アメリカ第一主義」だった。これまでも、これからも、まったく変わることはないだろう。
 パクス・アメリカーナと言われてきたが、表面上の意味は「アメリカの平和」。しかし、「アメリカの平和を目指す世界戦略」がその内実だ。日本のアメリカ軍事基地はアメリカの平和のためのものであって、日本のためのものではない。


 今回は全く立場を変換する、という妄想をしてみたい。
 まず、アメリカの立場を中国、韓国、ロシア(いやフランスでもいい)、などと置き換えてみよう。

 もし、中国が日本に駐留し、都市圏の制空権を握っていたら・・・あるいは沖縄に軍事基地を持ち、治外法権のような特権を持っていたとしたら・・・。これは完全に日本が中国の占領下にある、ということだろう。中国が日本を守ってくれる、と思う人はいないだろう。他の国に置き換えても同じことだ。

 もう一つ、「沖縄と日本」の状況を「ハワイとアメリカ」と変換してみたい。
 現状とは逆に、日本がアメリカの全土に亘って、各地に日本の軍事基地を置き、とりわけハワイに大軍事拠点を構築し、一帯の制空権を握っているとしたら・・・
 あるいは、その一部には日本人がビザ無しで自由に入り込めるとしたら、・・・こんなことが独立国であり得るとしたら、それは、まさに占領以外の何物でもないと思う。そうでないとしたら、それはきっとおとぎ話だ。ましてや、日本がアメリカを守ってくれる、と思う人は皆無だろう。

 僕はアメリカが嫌いで言っているわけではない。むしろ、アメリカも日本も相対的には結構いい国だと思っている。
 ただ、政府、アメリカやマスコミなどの多くからばらまかれているおとぎ話のような情報に操られて、このまま突き進んで行ってもいいのだろうか、と心配なだけだ。

 沖縄は大戦中、日本の捨て石にされたが、その状況は今も同じだ。以前にもメモったが、これは沖縄の問題でもアメリカの問題でもない。日本人一人一人に突き付けられている厳しい問題だと思う。(まとまりをを欠いたので続く)

 


  1月1日 明けまして どうぞ おめでたい年でありますように



 元日は休日にしたのですが、結局、クラブハウスに来ております。

 可愛いベートーベン(メヌエット)と干支の合うものがなく、1時間くらい彷徨った末、ようやく見つけたのがこれです。これはハ長調のメヌエットです。
https://www.youtube.com/watch?v=ysTFvvij6gU 

  ト長調のメヌエットの方が有名なので、演奏重視ということで、あと2つリンクしておきます。
 アントルモンのピアノで              https://www.youtube.com/watch?v=F1BMtZ92GnE


 アンサンブルでも演奏される機会多いので、イ・ムジチ合奏団の演奏で                      https://www.youtube.com/watch?v=SIu9aIP3XDQ

 12月はず~っとベートーベンのピアノコンチェルト5曲を聞いていたが、さすがに五目飯続きでは、白米も恋しくなり、20日くらいからまた、ピアノソナタに戻って、ず~っと聞き流している。

 32曲を連続で流してくれるフリーのサイトが見つかったので、これだな・・・と思って流し続けている。この巨人はローティーンの頃、すでにピアノソナタをいくつか書いているが、それはこの番号が付く前のものである。
 彼は、まだまだたくさんのピアノ曲を作曲しているが、ピアノソナタは、交響曲、協奏曲などと並び、巨大な山脈の中で、大きな山塊を形成している。

 32曲を聞き流していると、およそ10時間半余に及ぶ、壮大な抒情詩に接していることになる。これを毎日流していて、今のところ飽きることがない。BGMとしてはモーツアルトが最高と言われてはいるが、今の僕にはベートーベンの10時間半が最高である。

 所々で、聞きなれた荘厳なメロディが流れてれてくるが、8番の「悲愴」までは、本当に軽やかで可愛らしい曲がつづく。14番の「月光」、17番の「テンペスト」、21番の「ワルトシュタイン」、23番の「熱情」、そして29番の最後の砦「ハンマークラヴィーア」へと続いていく。
 8分くらいのものから、この29番のように40分を超えるものもある。

 何番になっているか気づかずに進行していくが、これら聞き覚えのある個所で、今何番で、何時間くらい経っているな・・・と見当がつく。
 聞くだけでもなかなかだが、演奏は何万倍も大変だろうし、作曲はまた、その何万倍も大変な作業だろう・・・こんな労苦を厭わず、僕らに至上の恍惚を与えてくれる巨人がいてくれて、本当に感謝、感謝である。

 独善的なプレゼントですが、良かったら、ちょっとだけ聞いてみてくださいね。
https://www.youtube.com/watch?v=MMap6-xncG0


         
           2016年 12月

      1231日  ありがとうございました

 2016年もとうとう大晦日になってしまった。晦日というのは三十日(みそか)、つまり月の最後の日、30日目のことで、最後の月の三十日(現在の太陽暦では1231日)を大晦日ということになったらしい。

 神様は向こうからやってこられるので、家で待つのが正解だったのが、明治になってから初詣という、こちらから出向くようになったということだ。僕は昔からのしきたりを守っていて?、自慢じゃないが、今まで一度も初詣をしたことがない。
 だからと言って、何かするわけでもないが・・・

  さて、この一年を振り返ると、本当に幸運な一年だったな、と思う。クラブと家の往復に終始し、何もなかった。何もないのはこの上もない幸運だと思える歳になった。

 何よりも、周りの人に恵まれた。みなさんに、本当にあたたかく、この「ファイナルGや」をお取り扱いいただいた。おかげでさまで、何とかクラブも維持でき、生き延びることができた。

 今日はこの上もなく温かく穏やかなテニス日和である。予想に反して、たくさんの方々に来ていただき、最後までテニスを楽しんでいただけた。
 みなさん、本当にありがとうございました。
 新年もどうぞよろしくお願いいたします。

     
   1215日(木) メモのメモの続き(ベートーベンなど)

 メモの書き残しに「沖縄」があったな、と思っていたら、オスプレイの墜落。沖縄にいつまで犠牲を強いればいいのだろうか、見て見ぬふりはできない。とても心苦しいことだ。日本政府はあまりにも冷たい、と思う。
 これは我々国民の問題で、アメリカの所為にしてはいけないことだと思う。

 プーチン来日で話題の北方領土はアメリカとソ連が作り出した問題だ。ドイツの分断、朝鮮の分断、現在の中東の問題、いずれも米ソを中心とした大国の作り出した問題だ。

 肉体への脅威をあげつらって薬のコマーシャル、と書いたが、国家間に分裂と脅威を残してソレを煽り、武器を売りつける商法はとても似ていると思う(戦争は薬とは比べ物にならないが・・・)。
 日本もオスプレイを1機100億超円で20機近く買うことになっているようだ(尖閣効果かな)。

 さて、木枯し吹き荒ぶ今日この頃、午後8時。ジュニアの練習を終え、一息ついたところ。昼も夕方も夜も人がいる、すごい!

 また、ベートーベンのピアノコンチェルトを聞き流しながら、メモを書いている。以前はピアノソナタを聞きまくっていて、どれもすばらしい、ベートーベンのピアノソナタは最高だ、なんて思っていたものだ。
 無論、今でもその気持ちは変わらないが、ここのところは協奏曲がいいな~と思っている。
 なんとも宝石のような音楽を残してくれた楽聖に、本当にありがとう、と感謝しながら聞いている。

 ベートーベンについてメモしておこうと思っていたが、時々、目にしていた参考サイトが、とてもよくできていて、過不足なく僕の書きたいことをまとめてくれているので、僕の出る幕はないな、彼にオンブしてもらうことにした。
 彼の名は「カジポン・マルコ・残月」、ご存知の方も多いのではないだろうか。カジポンというのは恐らく梶本さんのことだろう。マルコも残月も彼のブログには説明があるので、興味があったら読んでほしい。

 ベートーベンについて
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/beethoven.html


 彼のブログの本編には「文芸ジャンキー・パラダイス・残月徒然日記(最新文芸情報)」 というのがあって、こちらも僕のメモのメモをある程度さらっていてくれているので、お任せにしちゃおうと思う。特に、11月の記事には重なるものが多いようだ。
 僕の2周り年下の方だが、概ね興味の対象や、感性に近いものを感じ、共鳴している。興味に任せて押し進む生きざまはすごいなぁ、と羨ましくもありがたくも思う。

 文芸ジャンキーはこちら・・・
http://kajipon.sakura.ne.jp/index.htm

    
     
1212日(月)   memo のメモ

 この間、いろいろメモはしてきたが、UPするには至らず、書きなぐったままである。

 年の瀬になり、世間はなかなか慌ただしいようだが、ここ細江テニス村はのんびりしたものである。
 忘年会もせず、大晦日のイベントもなしにしようと思っていたが、年を越すというのに、何もないのも寂しいかな、と思い直し、去年の大晦日を思い起こし、ちょっとだけ企画してみた。
 「ファイナル年忘れテニス」
 忘れないように、この間のメモのタイトルを順不同で羅列してみると
 
 
    ノーベルウィークに因んで、ボブディランのことと、また、唯一、この受賞を自らの意志で拒否したサルトルのこと、および、数学のフィールズ賞を拒否したペレルマンのことなど(大雑把に言えば、フィールズ賞の賞金は200万円だが、彼が証明した「ポアンカレ予想」は、ミレニアム懸賞問題であったので、こちらの賞金は1億円で、いずれも拒否した)。


    アメリカの大統領選のこと。コメディかコマーシャルを見ているようだった。何がしたくて立ったのか見当がつかない。

    キューバのカストロの死、彼をどう評価するかで、その人の心根が分かるような気がする。

    オリンピックにまつわる様々なこと、プロテニスのこと。

    北斎の続きと「タングルウッドの奇跡」がらみのバーンステインがひも解くベートーベンについて・・・今週はずっと第1
から第5までの彼のピアノコンチェルトを聞いていた。

    福島第一原発の廃炉作業について・・・これはすでに20兆超円という試算が出ているが、これは2030年で廃炉終了という、あまりに杜撰な試算であり、廃炉先進国イギリスに倣えば、100年、100兆くらいはかかりそうである。
 にもかかわらず、川内をはじめとする原発再稼働が報じられている。止めようが稼働しようが金はかかるし、危険なことには変わりがないこと、のためだろうが、このことは正に制御不能、コントロールできないことを示しているのだろう。
 誰も責任を取らないし、取れない代物である。

    ここ数年来のミリオンセラー「嫌われる勇気」、アドラー研究者によるアドラー心理学の実践的教本ともいうべきものについて・・・これについては日常思い当たることがたくさんあるが、もし勇気をもって実践したら、「空気を読む」ことを何よりも尊しとする村社会においては、大変なことになるぞ・・・という実感。
 忘年会などを取りやめたのも、これと少しは関係あるかな?

   ギャンブル法について・・・ギャンブルで儲けて成長したいのかいな。 IR法からカジノを除いたら、骨抜きと言われるのだろうな。

    薬やサプリのコマーシャルがやたらに多い。老化や病気などで脅して、薬を売りつけるのかいな(年寄りのひがみか?ちなみに僕は全く何も飲んでいない。少々悪くても人間の自然治癒力を信じて任せる)

 まだまだあったが、雰囲気として共通しているのは、要するに、老化も病気も事故も天災も戦争もみんな金になる、金にしたがっている連中がいるということ。
 外国に金をバラまいて、企業進出の露払いをし、進出した企業を守るために軍備する。マッチポンプとは言わないが、よくできているもんだ、と思う。
 かなり脂ぎってきたので、メモ終了。


              
            2016年 11月


   1121日(月) ATPワールドツアー・ファイナルズの続き

 期待を込め、睡眠を削って観た準決勝・決勝だったが、マレーの強さだけが際立って見えた試合だった。
 錦織は無論だが、ジョコもエネルギーの残量がほとんどない状態だったと思う。その点、最も多くのエネルギーを消費していたはずのマレーが、底知れぬ総量を秘めていたこと、肉体、精神両面で、いかに充実していたか、がより鮮明に証明された内容だったと思う。

 いまだマレーとジョコは抜きんでていて、その下は団子状態であることも明らかになった。来季、この勢力図がどう塗り替わっていくのか興味深く見守りたい。

  さてさて、ついでに話はぐ~んと小さくなるが・・・我がファイナルの最近の取り組みについて、少しメモしておこう。

 練習会・ナイタートライアル、ジュニアとも多少は成果を上げているとは思う。皆さんの温かいご協力のおかげだ。いろいろ難しい面はあるが、何とか克服していきたいと思う。

 女子でシングルスに挑戦する一般の人が極端に少ない。練習する機会が少ないことが第1の原因だと思う。機会さえあれば、シングルスは気楽で楽しく、運動にもなる・・・ということが実感できるはずだ。

 そこで、女子シングルスの練習会を企画したが、まずまずの出足だと思う。ここを足掛かりにシングルスを楽しむ女性が増えることを願っている。
   僕自身も40を過ぎてから始めたテニスで、他人に脅迫?されて挑んだシングルスだが、45くらいからシングルスが病みつきになり、楽しいテニス人生を歩ませてもらった。
 今はもう耄碌して、ほとんどシングルスはできない状態なので、できるうちに、少しでも多くの人にシングルスの醍醐味を味わっていただきたいと思う。

 
 「選択と集中」とかいうやつが、隅々まで浸透している。アマチュアの世界でも大部ひどいことになっていると思う。
 僕なりに考えていることは、すべての人が、なるべく等しい扱いを受けられるようにすること。ファイナルでのトライアルはこの流行の「選択と集中」路線を踏み外すこと・・・
 そのために、まず、できるだけ虚飾を削り取り簡素化すること、などなどできる工夫は面倒がらずにやっていこうと思う。

 今日は以上! また雨だが、明日は晴れるさ・・・ 



           
1119日(土)  たまにはテニスメモでも・・・

 16日のマレー・錦織戦は見ごたえのある試合だった。二人のフィジカルの強さには舌を巻く。あそこまで鍛えぬかなければチャンピオンにはなれないのだな~。
 錦織がまた一段と強くなっていたのにも驚かされた。バブリンカ戦は彼の調子が悪くて、錦織の圧勝に終わったのかと思っていたが、マレー戦を見て、確かにこれは実力の勝利だったのだと実感させられた。

  マレーとの差はごく僅かになっているとは思うが、一番の差はやはりサーブ力かな?ストロークやネットプレーでは全くの互角。ただ大事な時にサーブのフリーポイントが取れるという違いはあったと思う。彼のことだから、何とか克服していくだろう。
 と書いて、筆を置いている間に、昨日のチリッチ戦はかつての錦織君に戻ったみたいな試合だったな。あのテンションを持ち続けるのは、やはり大変なんだろうな~

  今日から始まる準決勝からの踏ん張りを大いに期待しよう。

              2016年10月   

    1020日(木) 飽くなき希求と志こそが命の源(北斎)

 心も体も頭も衰えを感じざるを得ない今日この頃だが、はてさて、歴史上に名を刻んだ人たちは、どんなことを思いながら、この歳を生き抜いていたのだろうか? 

 凡庸な僕らが学ぶべき、いや、学べるところがあるとしたら、ほんの少しでも学びたいものだ、などと思いながら、この北斎先生の記事を辿っていると、なぜか中途半端な「73歳」という文字が飛び込んできた。以前、ゲーテ73歳の恋をメモしたが、こちらも73歳である。
 以下の記事、「富嶽36景」は彼が70歳を過ぎて刊行されたとあるが、そのあとがきに記したとされる話である。

  「70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。 
 
73になって、さまざまな生き物や草木の生まれと造りをいくらかは知ることができた。ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、90歳ともなると奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。
 
100歳を超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。」
 

 沢山の修練を積んだ後に、彼にはこの年になって、きっと何かがはっきりと明らかになってきたのだろう。修練のしゅの字も積んでいない僕としては、とてもとてもそんな境地は見えてくるはずもない。すごい、としか言いようがない。
 ただ、刺激だけは受けている。じっとしているなんて、とんでもないことだと・・・
  クラブでもいろいろ試してみようかな・・・なんて気にはなっている。

 思うに、僕は本当に恵まれていると思う。誰に指図されることもなく、好きなことを好き勝手にして、ともかくも食えてはいる。 
 何を企てようが、失敗しようが、個人商店ゆえ気楽だ。   
 贅沢には興味がないし、特に欲しいものもない。貧乏で友達も少ない方が気楽でいいや、なんて本気で思っている。

 暇な時は、お茶を飲みながら、好きな音楽を聴き、緑と空を眺めている。ネットのおかげで、世界中を飛び回り、いろんな人に触れ合える。ほらほらボケてる間はないぞ~!

 ところで彼、北斎は3万点を超す作品を紡ぎ出している。無論、世界においても日本一有名な画工である。数々の奇行で知られているが、その基本は、「どんなに偉い人にも媚びずへつらわず、画工として生きるためには必要がない、と思うものを一切排除した」ということに尽きるような気がする。
 90回くらい引っ越し、日常の生活にはとんと頓着しない。最後に引っ越した家が以前、自分が出て行った家で、そのままの状態で散らかっていたので、それからは引っ越しを止めた、というオチまでついている。
 回数については眉唾ものだが、まさに「画狂人」。(そういえば、ベートーベンもそのくらい引っ越した、と言われている。こちらは「楽狂人」。)

 そしてほぼ卒寿まで生を全うする。当時としては、異例の長寿である。酒もたばこもたしなまず、衣・食・住いずれにも頓着することなく、炬燵に寝そべって描き続けていた、という。

 今でいえば、120歳くらいに匹敵するかもしれない。恐らく、明日、これがしたい、何とかこれをものにしたい、という強烈な欲求が、彼の生命力の源だったのだろう。それは夢とか希望とかでは片付けられない、生命の求める強烈な希求と志だったのだろう・・・。

 昨今、長生きの秘訣などとして、様々な健康法やサプリメントなどが喧伝されているが、僕にはどうもしっくりこない。なぜ長生きなのかも含めて、彼の生涯が示してくれた、この「飽くなき希求と志」、これこそが命の第一の源と得心したところだ。

  「北斎」で検索すればたくさん出てくるが、簡単にまとめてあるものを少しだけリンクしておこうかな。
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/hokusai.html
http://bushoojapan.com/tomorrow/2015/04/18/47860


      
1016日(日) 世界の北斎先生

 ここのところ週末の雨が多い気がする。今日も雨、でも、雨の中、今も8名ほどの人がボールを追いかけている。まぁ、それだけテニスは楽しいということかな?

 今後、もうあまり動くのは止めて、静かにクラブの行く末を見届けよう、と思っていたのだが、お年寄りの元気な姿を見るにつけ、まだまだご隠居を決め込むのは早いかな・・・などと思い始めていた。

 MLBマーリンズのフェルナンデスが亡くならなかったら、この北斎のメモを書くつもりだったが、大きく逸れて、キューバのカストロとゲバラにいってしまった。それはそれでいいのだが・・・。

 北斎というのは、偶然見た、NHKの葛飾北斎が出てくる番組。番組名はもう忘れてしまったが、以前、ネットでは見ていた記事に即しているような内容だった。

  あの有名な富嶽三十六景の一つ、舟を飲み込みそうな勢いで砕け落ちる大波の中に富士が見える「神奈川沖浪裏」だ。その波を人工的に作って、スーパースローで撮ってやろうというものだった。
 1/5001/1000でもダメで、1/2000でも波は流れたようにしか写らない。しかし、1/5000秒という高速で撮ると、あの砕ける波の鷲の爪が確かに現れる。

 動体を映すと、人間の目には残像が残るから、1/10秒でも止まっては見えない。なんと北斎先生は直感的に1/5000の目で、砕け落ちる大波を表現したのだ。
 無論、これはフィクションである。あのような構図で波と富士が見えるわけがない。しかし、「講釈師、見てきたような嘘をいい」である。
 芭蕉の「俳諧十論」には「俳諧といふは別の事なし。上手に迂詐(うそ)をつく事なり。」とあるそうだ。想像と創造の賜物である。確かに、凡そアートとはそういうものだろう。

 73歳の北斎をメモるつもりだったけど・・・・
 コートに呼ばれて、時間となりました。書きたいことのサワリには到着できなかったので、この「メモちゃん」はきっと続くぞ~。

 NHKのとは違うかもしれないけど、似たような影像があったのでリンクしておこうっと・・・
http://www.memcode.jp/6220
http://ideahack.me/article/1433


            2016年 9月  

    9月29日(木)  キューバとの良好な友好関係を願う

 外務省のホームページを引用した関係で、つい最近の出来事をメモしておこう。つい最近、つまり先週、安部首相はキューバを訪問し、医療援助やインフラ整備の協力を約束してきている。

 これ自体は大変結構ななことで、アメリカのこれまでの強力な制裁にも拘わらず、比較的友好的な関係を維持してきたことはなかなか評価できることだと思う。
 願わくば、この協力関係が互恵的なものであり、キューバを経済的に侵略するものでないことを願うばかりである。

 外務省のホームページから
http://www.mofa.go.jp/mofaj/la_c/m_ca_c/cu/page4_002396.html

 前回の続きだが・・・人間としての魅力に溢れる二人、ゲバラとカストロの間には、深いところでの同志としての厚い信頼関係があったのは疑う余地がない。
  しかし、ソ連とアメリカの狭間で鎬を削る現実の中で、お互いの目指すものの間に、少しずつ齟齬が生じたのもまた否定できないのかもしれない。

 例えば、先日取り上げたチャスラフスカのチェコ、「プラハの春」のソ連の弾圧に対して、ある程度の理解を示したといわれるカストロの対応に不信をつのらせたとされることなど・・・。ソ連の援助なしではやっていけなかったカストロの現実主義とゲバラの理想主義。永遠の課題ともいえる重い齟齬。

 これらのことも含めて、引用ついでに、この間、僕が参考にした記事の一部をリンクしておこう。いろいろな見方があることもよく分かるところだ。これらのリンクにはさらにリンクが張ってあるので、それらも参照した。(少し古くて、実情と異なる点もあるが・・・)

 あの人の人生を知ろう~チェ・ゲバラ
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/guevara.html

 
知らぜざる元首カストロ
http://d.hatena.ne.jp/esu-kei/20080217/p1


 チェ・ゲバラの魅力を語る(動画)
https://www.youtube.com/watch?v=eHIXo62ctVI

 TV番組「ザ・プロファイラー」より

      チェ・ゲバラ 世界を変えようとした男
https://www.youtube.com/watch?v=ErkVFI_HTDE

 チェ・ゲバラ!109日命日!未だ衰えない人気の秘密!
http://netatyou.jp/2015/10/09/tye-g/

   
      9月27日 キューバ追記 

 昨日のキューバについてのメモ。カストロの続での微かなキューバ批判が、カストロ批判みたいに読まれたかもしれないので、至急、少し修正しておきたい。

 かつて、キューバはあのコロンブスによって発見され、原住民はほぼ壊滅という悲惨な歩みから、スペイン支配下で奴隷状態に置かれる。その後、アメリカの力を借りて、スペインを追い出したものの、今度はアメリカによって支配されることになる。

 バティスタもクーデター後は最初と違って、軍事独裁体制のもとでアメリカに追随し、国民の不満がつのる.
 多くのサトウキビ農園の地主はアメリカ人で、キューバの豊かな富はアメリカに収奪されるという構図だ。

 カストロは革命後、これらの農園をアメリカから接収、農民に分配し、小作人を開放した。
 当初は民族主義的な社会改革だったが、アメリカは強く反発し、結果としてソ連に近づけ共産主義革命にしてしまう。(かつてはヨーロッパ列強が、ついでアメリカが、そして日本までもが犯してきたと同じ道だ。とにかく他国には干渉しないことだ。
 人権などといいながら、利権を狙って入り込む、まさに盗人だよ。今も残念ながら至る所でこの構図が実行されているように思える)

 とにかくアメリカはキューバをとてつもなく苛め抜き、砂糖の輸入を禁止するなど、徹底した制裁を科す。
 多くの農民はカストロを支持したが、地主などの特権階級は不満分子となり、アメリカに逃げる。この不満分子などを利用して、カストロ政権の転覆を計るが失敗。(経済は難しい状況だったが、医療や教育は無償、貧しいながら、うらやましい社会環境だ。)


 そういう時代状況だから、ある程度、独裁体制になるのは止む負えないことである。中東の独裁者の中には、アメリカの言うなりにならないで抹殺されたものも多い。・・・カダフィみたいに・・・。(もし、今、日本がアメリカに逆らったら、おそらく同じ運命を辿るはずだ。)

 カダフィもカストロも実際には国民のために相当に素晴らしい仕事をしている。しかし、それがアメリカの利権にとっては不都合なことなのだろう。

 以下は、日本の外務省のホームページだが、かなり公正にキューバのことを取り上げていると思う。目を通していただければ幸いだ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol45/


 こちらは近年の簡単なまとめ
http://www.y-history.net/appendix/wh1603-037.html

       
   9月26日(月) フェルナンデスが死んだ?!!?

 このタイトルだけで察してもらえれば、MLBファンに違いない。ベンチで陽気にはしゃいでいた、あの天真爛漫な若者、イチローにこの上もなく尊敬の念を抱いていたマーリンズの若きエース。
 これから大成してMLBを背負って立つに違いなかった天才の24歳という、あまりにも早い死に、関係者ならずとも、ファンのすべてが呆然と立ち尽くすような、無念の死だ。

   25日予定の登板を回避して、27日に延ばしたばかりに、ボートに乗ってしまい、運命の死に至ったという。

 陽気の塊みたいに見えるフェルナンデス、実はキューバからの亡命者で、家族との3回の亡命に失敗し、投獄も味わっている。4回目で初めて成功、大リーグで活躍するも肘を痛め、例のトミー・ジョン手術を受け、昨年後半に復活。

 今年は本格的に復活し、すでに16勝を挙げていた。アメリカ国籍も取得し、婚約者もいて、これから本当に充実した人生が始まるところであった。まだ、事情はよく分からないが、何とも痛ましく悲しい死である。

  キューバといえば、まず1959年のキューバ革命。革命の両雄カストロとゲバラの次第に齟齬をきたしていく盟友関係、次は一触即発の核戦争危機に陥った、1962年のキューバ危機。アメリカのケネディとソ連のフルシチョフが綱渡りのようなやりとりの末、この危機を回避したことを思い起こす。

 今も引き継がれているアメリカとソ連(現ロシア)の覇権を賭けた代理戦争。ちょっとタイミングを間違えれば、地球存亡の危機に瀕していた。

 あまり情報のなかった頃は、テレビなどの取材で見せる、キューバの人たちの結構幸せそうな笑顔や、貧しいなりの社会福祉などについて、キューバは社会主義革命の唯一の成功例かも・・・などと思ったりしていた。
 しかし、とにかく亡命しなくてはいけないような国では、ろくな政治が行われていない、というのは間違いではないだろう。

 キューバについては、最近、アメリカとの国交が回復し、先行きどうなるのか?と心配と興味のない交ぜの気持ちを抱いていたのだが・・・というのも、もともとアメリカの傀儡かつ軍事政権であるバティスタを通して、アメリカに甘い汁を吸い上げられていたことに対する反発が、キューバ革命を招いた一因なのだから・・・

 革命が成功するや、アンリカはこれを共産主義革命とみなし、一切の援助や国交を絶つ。ソ連はそこにつけ込んで、キューバとの関係を樹立し、援助していくことになる。
 軍事的にも対アメリカということで、ソ連の傘の下に入ることになる。

 1962年、アメリカは偵察飛行で、キューバにアメリカを射程に入れた中距離弾道ミサイルの基地を見つける。キューバ危機の発端である。

 以上がものすごく省略した僕の超大雑把な理解である。チェコについてもメモをやり残しをしているが、キューバについても、また勉強し直して、メモしたい、・・・あくまで希望だが・・・。

 NHKでも何度か再放送され、キューバ革命の同志、カストロとゲバラの葛藤と相克が写し出されていた。
 カストロはある意味、いかようにも変節しうる、よく言えば柔軟な現実主義者。一方のゲバラはアルゼンチン出身の医者で、貧乏な人からは金をとらないような理想主義者。
 南アメリカ各国の窮状をつぶさに見て回り、メキシコ亡命中のカストロに出会い、キューバ革命の助っ人を買って出る。高い理想を掲げ、妥協をしない高邁な精神の持ち主だったようだ。

 しかし、革命成就の暁には、現実主義者のカストロにとっては、ゲバラは煙たい存在になってゆく。最終的にはボリビアで逃亡中に1967年、射殺される。39歳であった。

 フェルナンデスの死からゲバラの死まで一気に飛んでしまった。両者とも苦難な時代を走った英雄である。


    9月9日 忘れないうちにチェコの歴史メモ

 簡単にはまとまりそうもないので、とにかくこれはチャンとお勉強しなさいという忘備録のつもりで、一つだけ「世界史の窓」というHPを参考記録としてリンクしておこう。
http://www.y-history.net/appendix/wh1502-105.html



     
 月8日(木)  ベラ・チャスラフスカを悼んで

 今年の気候は例年とはちょっと違う。蛍がほとんど出てこなかった。
セミは相変わらずだが、カブトムシもクワガタも激減した。
 ファイナルには珍しく、早い紅葉も少し見られた。台風はみな逸れてくれる。急に涼しくなり、このまま秋が深まるかと思いきや、相変わらず湿度が高くまだまだ残暑だ。

 テニスクラブなのに、オリンピックにも全米オープンにも触れないできた。久しぶりにテニスに触れないわけにはいかなくなった。ついに錦織Kがマレーを破った。
 フルセットのまさに死闘。もう一つのブロックでは、ワウリンカとデルポトロが対決、今、ワウリンカが3-1で制したようだ。

 これからの戦いはどれも更に1段ギアアップしたベストマッチが予想される。体がもてば、Kにチャンスはある。がんばれ!がんばれ!!だ。
 もう少しだから、こちらはしばし静かに見守ることにしよう。

 さて、もう一つは宿題にしていた、先日亡くなったベラ・チャスラフスカさんのことだ。
 東京で学生をしていた時に開かれた東京オリンピック、女子体操で見事、個人総合優勝を飾った選手だ。1964年というから、52年前の話だ。

 この大会で個人総合の金メダルをベラと争ったのが、ソ連のラリサ・ラチニナだ。ラリサとベラは違ったタイプの体操選手だったが、大いなるライバルであった。ベラは優雅、ラリサはシャープ・・・といった感じで、ファンも2派に分かれていた。

 ラリサはベラより8歳年上で、東京ではすでに最盛期を過ぎていた。ベラは当時22歳であったから、かなりのハンディがあるが、僅差の勝負だったと思う。
 ラリサは東京の前、メルボルンとローマの個人総合で金メダル、ベラは次の東京とメキシコの個人総合で金メダルを取っている。
 ラチニナはカールルイス、ボルトらと並び、歴代2位タイの金メダル9個を獲得、チャスラフスカも7個獲得しており、まさに女子体操界のレジェンドだ。

 さて、このメキシコの時、ソ連のチャンピオン、ナタリア・クチンスカヤとベラは争うことになったが、ナタリアのコーチがラチニナであった。ナタリアはとても美しく可愛い選手で、メキシコの恋人と言われ、彼女の歌までできたという逸話の持ち主だ。

 大方の予想に反し、勝負はナタリアのミスでベラに軍配が上がったが、そのナタリアはベラの8歳年下であったから、面白い因縁だ。ルーマニアのコマネチが出てくるのは、更にこの後だ。
 ソ連を中心にした東欧圏の体操は世界を席巻していたが、選手たちは政治の荒波に翻弄される。特にベラの生涯は強烈だ。

 ベラはチェコのプラハ出身だが、東欧を訪れた人のほとんどがプラハは素晴らしいところだ、という。写真で見ても、確かに素晴らしい。
 かつてはボヘミアと称されていたこの地方は、多くのヨーロッパの例に漏れず、苦難の歴史を歩んできたが、ヨーロッパ文化の中心となっていた華やかな時代も経験している。

 ソ連の言論弾圧や様々な抑圧から市民が立ち上がったのが、いわゆる「プラハの春」である。この運動は結局、ソ連の侵攻により弾圧され、失敗に終わる。
 この運動に賛同し、何としても政府の弾圧に志を曲げなかったベラは、執拗な攻撃を受け、山小屋に隠れる。
 そこからメキシコオリンピックを目指し、何とか大会にたどり着いたベラの物語は、以前、NHKでも放映され、僕も見た覚えがある。

 チェコとスロバキアの歴史は、とても駆け足では辿れない長くて曲がりくねった険しい道のりであり、必ず理解したい道程だが、ちょっと今日のところは息切れだ。
 ベラの哀しくも勇ましいその後の生きざまにも、今日のところはたどり着けなかったな。次の機会に、ゆっくり辿ることにしよう。
 とりあえず、今日のメモでは、関係のあるものを少しリンクしておこう。

 世界ふれあい街歩き「プラハ」
https://www.youtube.com/watch?v=XboYw0d-5FU

 日本を愛したベラ
http://www.nikkansports.com/olympic/rio2016/column/
hyakkei/
news/1703097.html

 プラハの春
http://search-ethnic.com/prague

 オリンピックの名花たち 
https://crmg.me/data/content/6257/21761



 
 
 

   
  9月4日(日) 原発は無理、NHK「解説スタジアム」



 既にネット上では、大きな反響を呼んでいるので、ほとんどの人がご存知と思うが、ネットを見ない人は、番組が深夜と言うこともあって、知らない・・ということもあるので、消されないうちにリンクをいくつか貼っておくことにした。

 もうほとんど常識になっていることだけれど、マスコミではなかなか政府の方針に逆らっては報道しない。ジャーナリズムは失われ、民放のコマーシャルを仕切っているといわれる電通と政府の意向に沿うような報道の自主規制が働いて、報道の自由を守るという、最も根本的な魂を捨て去ってしまっているように思える。

 嘆かわしい状況が続いていた・・・が、NHKがちょっとした反乱を起こしてくれたようだ。この報に接した時、アベノミクス崩壊が誰の目にも明らかになったので、ついに安部さんも、人気取りのために、「脱原発」に舵をきるのかな?・・・と思ったほどだ。「憲法改正」以外にはあまり興味はなさそうだし、たとえ人気取りだとしても、結構なことだ、と思ったが、さすがに、そういうことでもなさそうだ。


 スマップの解散ではないが、複数の人間で取り組めば、簡単には人間を操れない。今後もこういう姿勢を維持して頑張ってほしいと思う。消される心配もあるので、以下、あまり個人色の強くない複数のリンクを貼っておくことにしよう。  
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4682.html
http://video.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-


 台風は西に逸れたみたい・・・降る時は激しいが、一瞬雨間もあるという、相当無理すればできないことはない、という空模様。かなり相当無理してテニスやった人が4人。今は止んでいるが、さて、午後はどうなるか?・・・と書いていたが、やはり雨、今日はお開きだな・・・。 

   
 
月1日(木)  地震列島日本、イタリアもひどいことに・・・


 昨日、PCに向かってちょこっとメモしようと思ったら、丁度その時、19時47分頃、少し揺れたね。震源はやはり熊本だ。震度5弱、かなりのものだ。今朝もまた起きた。

 最初の熊本地震はもう随分前のような気がするが、4月14日というから、まだ4ヶ月半。それにしても長引く地震だなぁ・・・。熊本はその後も大雨の被害に悩まされたり、本当に気の毒だ。

 一時期の宮崎も口蹄疫、新燃岳の噴火、鳥インフルなどが続いて大変だったが、いろんなことが降り重なってくると、人間にはどうにもコントロールできない。我慢して耐え忍ぶしかないのかな~。

 先日、イタリアでも大きな地震があった。イタリアはユーラシアプレートとアフリカプレートがぶつかり合っていて、中部地域に活断層がたくさんあるという。朝のNHKBS放送で関口知宏さんのヨーロッパ鉄道の旅、日めくり版イタリアの旅というのがあり、よく見ている。

 彼の何とも言えず脱力したいでたちは生来のものだろうか? 有名人の父と母をもち、何かと注目されてきたのだろうが、彼にも28歳から3年間くらいの引きこもりの時期があったという。他人知れぬ苦労もあったと思う。そういう経験が彼の生き様を作っているのだろう。

 僕はどこにも行ったことがないが、居ながらにして(寝ながらにして)番組でその雰囲気を味わっている。観光地ではなく、ごく普通の市井の人達の様子を伝えてくれるのがいい。
 イタリアの人たちは日本人に似ているな、という気がしている。思っていたより真面目だが、それでも人生を大いに楽しんでいる。僕も楽しんではいるつもりだが、とてもとても及ばない。

 この日めくりの旅も、明日で30日目が終わり番組は終了する。この番組自体は春に収録したそうだから地震には遭遇していないらしいが、震源地の近くは旅していたと思う。
 今日の旅路は確かビチェンツアで、ドイツからの解放記念日のイベントをしていた。日独伊3国同盟の同盟国なのに、イタリアが降伏したらナチスドイツは早速、占拠したということだ。このファシズム3国はどこか似ている。こういう事態が繰り返されないことを切に願うばかりだ。

 明日はベネチアで旅は終わるという。ベネチアはアドリア海に浮かぶ島で、4kmに及ぶ橋で、本土と繫がっていて、町全体が世界遺産に指定されているという。それにしても大ローマ帝国の遺産は見どころが多すぎて、さすが・・・明日もぜひ見て、彼とともに旅を終わろうと思う。お疲れさま・・・イタリアも熊本も、福島も頑張ってほしい。 

 今日は、本当のところ、大地が揺れるまではNHKの「解説 スタジアム」で、国策を真っ向から否定するNHKらしからぬ反原発の狼煙をあげた、という快挙?をメモしておこうと思ったのだけれど、揺れとともに思いが変わり、この件は、この反響がどういう経緯をたどるか、少し様子を見てメモしようと思い直し、地震とイタリアのメモになったという次第。

 東京オリンピックの花ベラ・チャスラフスカが昨日亡くなった。
 当時、東京にいて学生だった同年代の僕としては、波乱万丈の人生を送ったベラ、ヒロインではなく、まさしくヒーローと呼びたいベラへのエールを、少しまとめて、メモしたいと思っている。


            2016年 8月

   817日(水)  タングルウッドからウエストサイドへ

 五嶋みどりさんの「タングルウッドの奇跡」は1986年、彼女が14歳の時に起きた。
  マサチューセッツ州の「タングルウッド音楽祭」へ、レナード・バーンスタインに招かれ、彼の自作「セレナード」を、ボストンフィルをバックに演奏することになった。これだけでも彼女に大変なことが起きたといえるが、その時の事件が彼女の名を全米中に広げることにな った。
 http://gyanko.seesaa.net/article/129548612.html

 さて、そのバーンスタインだが、ベートーベンの第五シンフォニーが完成されていく作曲過程を、実際に演奏しながら解説していく映像を興味深く見た覚えがあり、NHKで何度か再放送もされた。でも、いくら検索しても、僕の記憶に該当するものが見つからない。
 著作権の問題か、内容に問題があったのか、そのうち見つかるかもしれないが、今はともかく、これは宿題ということで、次の連想へ移ることにしよう・・・

 従って、このメモのタイトルは、「レナルド・バーンスタインからジョージチャキリスへ」という方が当たりかもしれない。
 バーンスタインといえば、名実ともにカラヤンと並ぶ当代きっての指揮者と謳われた。小澤征爾や佐渡裕も師事している。

 また、ジャズ、ポピュラーにも活動の枠を広げていき、そこでも数々の成果をあげているが、記憶に残る最たるものは、「ウエストサイド物語」の音楽だ。

 シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を下敷きに現代版としてアレンジされたこの映画は、日本でも大変な人気を博し、500余日のロングラン新記録を打ち立てた。何回も足を運んだ、という声をたくさん聞いた。僕はただの1回だけだが、それでも少なからず衝撃を受けたのを覚えている。

 この映画では、当時無名だったジョージ・チャキリスが、主役を食って世界中を魅了した。彼はギリシャ系のアメリカ人だが、その後、ヨーロッパに渡りいろいろな映画にも出演している。

 特に印象に残っているものは、クラウディア・カルディナーレと共演し、ブーベ役を演じた「ブーベの恋人」。タイトルはロマンティックだが、内容は終戦前後のイタリアファシズムに対するパルチザン「ブーベ」とその恋人となる「マーラ」との別離、再会を当時の社会運動を背景に描いた社会派の映画だ。

 幾多の経緯を経ながらも、14年の刑期を背負うブーベへの愛を、最後には貫く、哀愁ただようモノクロ映画であった。この映画は実はCCことクラウディア・カルディナーレの魅力のために、ジョージにはあまり目が行っていなかったのだが・・・。

  CCMM(マリリンモンロー)とBB(ブリジットバルドー)と並んで3大セクシー女優と称されていたが、一番地味なCCはなかなかの俳優で、特にこの映画では彼女の哀愁に満ちた演技が高く評価されていたと思う。

 50本以上の映画に出演しているが、僕が見たのはこの1本だけだ。またスローテンポの主題歌もかなりヒットし、記憶されている人も多いと思う。

 チョットその雰囲気を
https://www.youtube.com/watch?v=dEUgYfD7Qlg

 ところで主人公のジョージ・チャキリスだが、すでに御年82歳。日本にもたびたび訪れている。もう30年以上前の話だが、小泉八雲の生涯を中心に描いたNHKのテレビドラマ「日本の面影」では、八雲役を演じている。19843月からほぼ1年間、NHKで放送された。今更ながらではあるが、このドラマのキャストを眺めてみると、なかなか豪華である。
 
 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲):ジョージ・チャキリス
小泉セツ:檀ふみ       服部一三:津川雅彦
西村重成:下條アトム     耳なし芳一(劇中劇):小林薫
西田クラ:樋口可南子    小泉藤三郎:柴田恭兵
小泉チエ:佐々木すみ江   稲垣万右衛門:加藤嘉
稲垣金十郎:佐野浅夫    富田ツネ:加藤治子
池田信:杉田かおる      佐久間信恭:伊丹十三
真鍋晃:三ツ木清隆      外山正一:河原崎長一郎
神戸のサロンでチェンバロを弾く男:ケント・ギルバート
雪女:真行寺君枝   巳之吉(雪女と出会う男):田中健
芳一を呼びに来る武士:長塚京三
脚本:山田太一   音楽:池辺晋一郎  
 などなど・・・ほとんど名前の知れた人達だ。

  ハーン役にはダスティン・ホフマンを予定していたらしいが、ギャラが高すぎて困っていたところに、チャキリスの方から応募してこの役を得たという。日本語も勉強して長丁場に臨んだらしい。

 最近ではこんなにお金をかけて作られるテレビドラマはほとんど見かけない。アーカイブとカッコはつけているが、要するに昔のドラマの再放送ばかりだ。

 話がとんでもなく飛躍してきたので、この辺でストップ!

    
  
8月10日(水) 「ヴィオロンのため息」を連想しちまった

 今回も庄司紗矢香さんのバイオリンから始まって、子供時代に聞いたお袋の味「ツィゴイネルワイゼン」のヤッシャ・ハイフェッツ、夭折の天才ジネット・ヌヴォー、現代の天才二刀流ユリア・フィッシャー、そして五嶋みどりさんでゴールした、と思ったが、少しづつ連想が繋がっていく、まぁ仕方ない。
 バイオリン繋がりでヴィオロンだ。

 フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌの言わずと知れた「ヴィオロンのため息」を連想しちまった。
 堀口大学や金子光晴などの訳詞もあるが、なんといっても「ヴィオロンのため息」の上田敏の訳詩は秀逸だ。


 他の訳のタイトルは原題通り「秋の歌」もしくは「秋の唄」となっているが、この上田敏訳のタイトルは「落葉」である。これは詩の最後にある「落葉」を秋の唄の象徴として取り込んだものと思う。
 僕らの世代の人には、以下の訳詩こそが馴染みが深いのである。

   落葉  ポール・ヴェルレーヌ   上田敏 『海潮音』より

    秋の日の ヴィオロンの ためいきの
    ひたぶるに 身にしみて うら悲し。

    鐘のおとに 胸ふたぎ
    色かへて 涙ぐむ
    過ぎし日の おもひでや。

    げにわれは うらぶれて ここかしこ
    さだめなく とび散らふ 落葉かな。

 折角出てきたヴェルレーヌだから、もう一つ、「無言の恋歌」から、馴染みの堀口大學の訳詩「巷に雨の降るごとく」をメモしておこう。
 これも沢山の邦訳があり、多くの国で訳詞が出されているという。「落葉」も「巷に雨の降るごとく」の二つとも、翻訳者の詩心が十分に発揮されていて、感心させられるものである。

   巷に雨の降るごとく
   わが心にも涙ふる。
   かくも心ににじみ入る
   このかなしみは何やらん?

   やるせなき心のために
   おお、雨の歌よ !
   やさしき雨の響きは
   地上にも屋上にも !

   消えも入りなん心の奥に
   ゆえなきに雨は涙す。
   何事ぞ ! 裏切りもなきにあらずや?
   この喪そのゆえの知られず。

   ゆえしれぬかなしみぞ
   げにこよなくも堪えがたし。
   恋もなく恨みもなきに
   わが心かくもかなし。

      
(詩集『無言の恋歌』-堀口大學訳)

 この詩は彼が愛したアルチュール・ランボーに捧げられた詩だ。ともかくもヴェルレーヌは、生活人としては破滅の人であった。
 家庭は破壊し、酒浸り、この詩の対象ランボーに対する発砲事件など、堕落した放蕩生活、暴行事件などを繰り返し、何度も投獄された。
 周囲に大きな迷惑をかけながら、心満たされることなく、
51歳にして非業の死を遂げている。

 ランボーもまた、僅か4年の詩作期を疾走し、その後、すべてを捨てて放浪、苦難の後に耐え難い苦痛の中、37歳でこの世を去る。

 彼らの大きな何かの欠落が、大いなる詩を生み出し、後の人の心を満たしているのは、何とも皮肉な話だが、多くの場合、芸術とはそういうもののようだ。心地よく満たされたところからは、画期的な芸術は生まれないのだろう。

 
生活者としてのバランスの欠如や、心を満たすべきものの、大いなる欠落と、それを感知するあまりにも鋭い感性が、その補填作業として、何物かを生み出させていくのだろう。

 訳者の上田敏は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)に師事しているが、ハーンから、「英語で自己表現のできる唯一の日本人学生である」と評されていたらしい。が、英語のみならずフランス語もドイツ語も何でも来い、という秀才であり、沢山の翻訳・訳詞を試みている。ちょうど100年前の7月に41歳の若さで他界している。

 ついでなので、彼のもう一つ有名な訳詞,ドイツの詩人カール・ブッセの「山のあなた」にも触れておこう。

     山のあなた    カール・ブッセ

    
山のあなたの空遠く
    「幸」住むと人のいふ。
    噫、われひとゝ尋めゆきて
    涙さしぐみ、かへりきぬ。
    山のあなたになほ遠く
    「幸」住むと人のいふ。
 
 七五調の韻律をしっかり踏んでいて、心地よい調べとなっている。
 この詩は彼の名訳のおかげで、当地ドイツよりも日本での方が、はるかに知られているという。  

 
もう一つには、三遊亭圓歌の落語「授業中」で語られる「山のあなあなあな・・・」という吃音の生徒が出てくる話がおかしくて、これも含めて有名になり、こちらの方が多く知られているかもしれない。

 因みに、圓歌は本当に吃音で、噺家としては致命的だが、師匠の先代圓歌も吃音で苦労したらしく、話が流暢でない分、噛んで含めるような話しぶりに味が感じられた。まさにハンディを逆手にとって、大成した人と言えよう。

 その辺の事情は、下記に詳しい。お後がよろしいようで・・・
http://diamond.jp/articles/-/62568

 
 
87日(日) 「五嶋みどり」と母節さんの壮絶なバイオリン人生

 五嶋みどりさんは日本では一番有名なバイオリニストだと思う。
 彼女は作られた天才、作った人は無論、母「節さん」だ。彼女のバイオリン人生は母「節さん」なしには語れない。

 まさに壮絶な人生だが、このことに関しては、雑多な情報があり、プライベートで、デリケートな話でもあるので、興味本位にメモすべきことでもないと思い、ほとんどのメモを削除し、簡単な覚書に止めておくことにした。がんばっても僕の手には負えないと思う。

  母親「節さん」、「みどりさんご本人」、異父姉弟の「五嶋龍さん」龍さんの父親の摩承さん」、そのどのお一人をとっても、小説の主人公になれる、そんな濃密な人生を歩まれているのは確かだ。

 みどりさんは、ほとんどアメリカ人である。いろんな事情を抱えたみどりさんを育てあげる場所として、母、節さんが、実力さえあれば評価され、誇り高く生きられるアメリカを、人生をかける場所として選んだのは、頷けるところだ。


 彼女は世界的に有名になるにつれ、自分の芸術家としての立ち位置と、一人の人間みどりとしての生き方との狭間で葛藤し、二十歳前後で拒食症などの苦しみを味わうが、その後「みどり教育財団」を立ち上げる。

 世界を股にかけて、引く手あまたのコンサートをこなす一方、普段はコンサートとは無縁の人達のもとに自ら赴き、音楽を届け、チャリティコンサートなどを開くなど精力的な活動をしている。

 世界を股にかけて、引く手あまたのコンサートをこなす一方、普段はコンサートとは無縁の人達のもとに自ら赴き、音楽を届け、チャリティコンサートなどを開くなど精力的な活動をしている。

 これらの一連の活動が、「五嶋みどり」と彼女を蘇生させ、更なる高みへと導いているように思える。(勝手な解釈ではあるが・・・)
 彼女の人生については心のメモに止め、代わりに雄弁なリンクをいくつかメモとして残しておきたい。

 先ず貴重な映像、「五嶋みどりの世界」 
 ベルリンフィルとのリハーサル風景もあり、本当に貴重な映像だと思う。彼女を世界的に有名にしたバーンステインとの「タングルウッドの奇跡」の映像もある。
https://www.youtube.com/watch?v=kA4t18-yJ5w

 N
響とのチャイコフスキー唯一のバイオリンコンチェルト、全霊を傾けた熱唱
https://www.youtube.com/watch?v=-I5qh7c0QL0

 みどりさんの日常(113日放送のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」より)
http://matome.naver.jp/odai/2139086760654086501

 
龍さんと節さんのことなど
http://laughy.jp/1433525416317185187


   
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2日(月) ユリア・フィッシャーは絶対メモだ!

 僕の舌は大変大雑把なので、大抵のものは旨いといって食べられるが、それでもどうしても馴染まないなぁ、というのもたまにはある。
 それは、とても高価で、みんなからは旨い旨いと評されているものかもしれないが、こればかりは好みなので、どうしようもない。

 食べ物でもそうだが、音楽に関しても同じだ。だから、自分の好きな音楽をどうだ、旨いだろう、と勧める気はさらさらない。単なるけだるい騒音としか感じない人もいるかもしれない。それはそれで、もったいないけれど結構。  

 言うまでもなく、名だたる音楽家はみんな天才だ。並外れた天才の中で、運のよかった人だけが、後世に名を残していくのだろう。
 昔の人は置いといて、現存する天才を是非、あと一人だけメモしておきたい。10月に東京での演奏会も予定されているという

 「ユリア・フィッシャー」、母はスロバキア出身のピアニスト、父はドイツの数学者。1983年生まれというから未だ30代。
 主催者側の簡単な彼女の紹介が以下に載っている。
http://www.toppanhall.com/concert/artist/FISCHER_Julia.html

 
10年ほど前の彼女の紹介動画
https://www.youtube.com/watch?v=_3r01IXl8Bc

 現在の彼女はバイオリニストというべきだろうが、ピアノも一流である。
 先ず、彼女のバイオリンから(チャイコフスキー)
https://www.youtube.com/watch?v=ovFPKu00cCc

 次にピアノ(グリーク)
https://www.youtube.com/watch?v=ca2juxQCaVQ

              2016年 7月

  730日(土) 夭折の天才バイオリニスト、ジネット・ヌヴォー

 みどりさんにはなかなか辿り着けないが、あと少し付け足しておきたい。

 まず、庄司紗矢香さんが、インタヴューの中で語っていた、一番好きな演奏家「ジネット・ヌヴー」について、メモしておきたい。

 ジネット・ヌヴーは1919年から30年間生きた、今世紀最高の天才女性バイオリニストとも言われている人である。30歳の時、飛行機事故で逝ってしまった。

 幼少のころから、数々の天才ぶりを示していたが、15歳で参加した、ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールで、抜群の得点で優勝、その時26歳で2位に甘んじたのが、後に巨匠と称されたオイストラフで、その時、彼は妻への手紙でこう記したという。

  「2位になれたことで、ぼくは満足している・・・・・・ヌヴー嬢は”悪魔のように”素晴らしいと、誰しも認めるだろう。
 きのう彼女がヴィエニャフスキの変ヘ短調協奏曲をまさに信じられない力強さと激しさをこめて奏いたとき、ぼくはそう思った。
 しかし、彼女はまだ15,6かそこらなのだから、もし1等賞が彼女に行かなかったら、それは不公平というものだよ・・・・・・」
 この手紙は、オイストラフの誠実さも伝えていて興味深い。

 
ジネット・ヌヴーの生涯については、下記で簡潔にまとめられている。
http://www.toramoku.net/neveu/life

 彼女の演奏については、よく「魂の燃焼」という言葉で語られるが、これは事故で一緒に亡くなったピアニストの兄の伴奏で軽やかに楽しんでいる演奏
https://www.youtube.com/watch?v=SM1cdGIc3MU

 ジネット・ヌヴォーによるラヴェルの無伴奏曲「ツィガーヌ」 

 ツィガーヌとはツィゴイネルと同じ意味で、ロマ(ジプシーの一部、ロマについては諸説あり)のことで、ツィゴイネルワイゼンは「ロマの歌」という意味だという。
https://www.youtube.com/watch?v=7Oy24SIvesg

 最後にベートーベンのバイオリンコンチェルト
https://www.youtube.com/watch?v=NwvOUvU1v4w

    
   
 728日(木) ハイフェッツがお袋の味とは幸せ

 前回、725日に庄司紗矢香さんについてメモしたが、このメモを残しておこうと思うきっかけとなったのは、実はその前日くらいに、帰りのラジオで聞いた、千住真理子さんの出演番組だった。

 お母さんの千住文子さんが書いた「千住家にストラディヴァリウスが来た日」という本のエピソードが語られていた。ほぼ300年前のこの誰もが憧れる名器の話が、突然の海外電話で舞い込んできたという。

 千住家の会計士から、どう工面しても無理だ、と言われ、そういう返事をしたけれど、しばらくして日本に持ってくるから、ぜひ見てほしい、という話になり、ホールを借りて弾いてみたら、絶対に手に入れなさい、という千住家総がかりの買い物となったという。数億はする代物である。その経緯については
http://tomii23.hatenablog.com/entry/2015/01/17/135235


 真理子さんの学歴は、音大とか芸大とかではなく、慶大の哲学科である。多分、日本では肩書や経歴、学閥がものをいう世界だから、音楽家としては苦労が多かったと思われる。

  天才少女ともてはやされた時期を過ぎると、いろいろな批評がされて、20歳くらいには全く弾けなくなり、数年間を費やしている。自分の目指す音が紡げなくなると、大変だろうな・・・と思う。

 思うに、バイオリンの演奏は、例えは悪いが、演歌や絵画みたいなもので、譜面通りに歌ったり、写真のようにきっちり描いていたら、面白くもなんともない。
 演奏はまさにその人の全人格、人生を賭けたものだ。 他人が何と言おうとも、結局は聞く人の好みである。多くの人の批評にさらされるから、ソリストは孤独で、大変なプレッシャーとストレスにさいなまされる事だろう。
 それでもあの「ブラヴォー」やスタンディングオベイションなどを受けた時の充足感は何物にも代えがたいだろうし、モチベーションの大きな支えになるのだろう。

  しかし、結局のところ、どんなに困難な時も、そのソリストに弾き続ける人格的器量と能力があるかが、問われ続けるのだろうから、本当に過酷な世界だと思う。
  ラジオを聴きながら、そんなことを思い、ちょうどバイオリンにハマっている、自分のマイブームをメモしておこう、と思いたった次第だ。

 聴く人の好み、と言うけれど、その人が聞いてきた音楽歴が、丁度おふくろの味のように、その人の好みを規定してくるので、コンクールで表彰されたからといって、自分の好みに合わなければ、舌を合わせるか、不味い、と言うしかない。それでいいのだ。

 因みに、ぼくは小6か中1の頃、サラサーテのかの名曲「ツィゴイネルワイゼン」のレコードを友人から聞かされ、すっかりほれ込み、それ以後、何回も何回も聞いた。
 その奏者が「ヤッ
シャ・ハイフェッツ」、当時はこの人しか知らなかったが、今でも最高の天才バイオリニストの一人に数えられる人だ。
 ハイフェッツはいわゆる
ギフテッド (gifted)、神から与えられた特別の資質を持った人と言われている。端的に言えば超天才!・・・かな。

 最初にこの人に当たったのは、大変な幸運だったと思う。極上のお袋の味に当たったのだから・・・。とはいえ、ぼくの聞くのはノートPCに外付けのスピーカーを足しただけの代物、ほとんどネットの動画だ。
 よくそんなもんで、・・・なんて言われるが、僕らの時代の再生音に比べたら、はるかにいい。しかも超簡単に次から次に名曲が聴ける。
 当時としては相当高価だったハイファイプレーヤーより余程いい。僕の大雑把な舌にはこれで十分なのだ。


 さて、動画ではないが、ハイフェッツの「ツィゴイネルワイゼン」である。お袋の味だから、今だ、この曲に関しては、これ以上のこの曲の演奏には当たっていない。(確かに音源は良くないが・・・)
https://www.youtube.com/watch?v=FBQr6ryEorg

 たまたま、動画でハイフェッツのパガニーニも見つかったので、メモ!
https://www.youtube.com/watch?v=kFaq9kTlcaY

    725日(月) 庄司紗矢香さんのバイオリン人生

 以前はシンフォニーをよく聞いていたが、その後、いろいろな楽器のコンチェルトを多く聞くようになり、やはりピアノだな・・・という時期があって、ピアノコンチェルトばかり聞いていたが、最近またバイオリンにハマっている。僕の中では今、バイオリンコンチェルトブームである。

 聞き流すだけでも十分幸せだが、これから益々老いていき、今の感性は多分全くなくなるあろうと思うので、少しだけ感想みたいなことをメモして、2016年は良かったな・・・なんて言える日が来るのを楽しみにしておこうと思う。
 マイブームのきっかけは、偶然に庄司紗矢香さんの12歳当時の映像と音を聞いたことだ。日本にもこんな天才が居るんだ、五嶋みどりさん以来かも・・・なんて感心した。

  真剣そのもので、何物も入り込む余地がないほど集中していて、すでに完全なソリストである。ほぼ20年前の映像だが、以下がそのリンクである。
https://www.youtube.com/watch?v=9KtmZxaTx20

 彼女の名前は、パガニーニ国際コンクールで史上最年少優勝者ということを知識としては知ってはいたが、恥ずかしながら演奏を聴くのは初めてだった。
 それ以後、彼女の演奏をかなり聞かせてもらい、益々虜になってしまった。

 彼女の父はコンピューター技師、母親は画家だというから、音楽の血筋と言うわけではない。しかし、5歳でこの楽器を手にした時、絶対に手放さない、と自らに誓ったそうだ。

 お金のかかる、将来も心配なバイオリンを続けることに両親は反対だったそうだ。だが、猛練習に明け暮れ、出場したコンクールすべてに一位の成績を収めた。このことによって両親も彼女の情熱の後押しするようになる。
 16歳で史上最年少受賞者となったパガニーニ国際コンクールの前は、毎日11時間の練習をこなしたという。この集中力とその持続力が、才能を開花させるのだろう。

 彼女へのインタビューの中で、「今はできなくても、練習を続けていれば、きっとできるようになると思って練習をしてきた」という言葉が出てくる。    レッスンを受けている練習風景も見たが、細かなチェックが度々入っても、全く嫌な顔も見せず、妥協なく取り組む姿勢が映し出されていて、こういう完全性を求めた取り組みが、素晴らしい演奏を生むのだな~と感心せずにはいられなかった。

 国際コンクールで優勝するということは、すぐにソリストとして、オーケストラをバックにして演奏ができる、というとんでもないレベルを意味している。パガニーニ国際コンクールは、すでに54回開催されているが、3分の1近い17回は1位該当なし、という厳しさだ。
 つまり、相対的な1位ではなく、絶対的にあるレベルを超えていなければ、与えられない賞なのだ。従って、受賞者は、ソリストとして自分を律していく厳しい毎日が待ち受けているから、それに応えていける才能と努力が求められているわけだ。

 折角だから、 16歳の彼女を記録した映像、
16歳のバイオリニスト」 をメモしておこう。

 まず、前編(子供時代の貴重な練習、演奏風景やパガニーニコンクール優勝の瞬間の映像もある)
https://www.youtube.com/watch?v=rtoUFuwal0c&index=2&list=RDIVIPzgkZv4M

 
同じく後編(最後の笑顔は最高!)
https://www.youtube.com/watch?v=IVIPzgkZv4M&list=RDIVIPzgkZv4M&index=1

 ついでだからチャイコフスキーとメンデルスゾーンのきっと聞き覚えのある名曲を2曲をメモしておきたい。
  まず、チャイコフスキー
https://www.youtube.com/watch?v=N3YKSVHWNpw

 次いでメンデルスゾーン(無論、庄司紗矢香さんの演奏)
https://www.youtube.com/watch?v=dskvPJdRDoE

 彼女はすでに三十路を超えているが、その演奏はますます充実した豊かなものになっていると思う。
 このブームの続きとして、五嶋みどりさんの壮絶なバイオリン人生もメモしておきたい、と思っている。

  722日(金) 懐かしい「とと姉ちゃん」の「暮しの手帖」

 ようやく梅雨は明けたが、まだこの暑さに体が付いていけない。何とか騙しだましがんばるしかないかな・・・昼間は本当にきつい。
 ところで、NHKの朝ドラ「とと姉ちゃん」は大変好評のようだ。僕も時々見ている。

  戦後まもなく発刊された「暮しの手帖」は母が購読していて、いつも身近にあり、表紙や挿絵など、よく眺めていて、その時から何となく懐かしさといい香りを感じていたものだ。

 数年前まで数十冊残っていたが、Kaさんに邪魔だから捨ててもいいか、と聞かれ、しぶしぶ「仕方ないね」と言ってしまった。もう、見ることもないだろう、とは思っていたので、ついつい同意したが、このブームをみると、惜しいことをした、と悔やまれる。
 捨てる時も、ちょっと眺めたが、本当に懐かしい感じの表紙や挿絵で、本自体も、本当に作りこまれたものだと思えるものだった。

 当時から、「花森安治」という名前ははっきりと知っていた。でも「大橋鎮子」の名前は記憶になかった。だから、この女性社長に陽を当てたこのドラマは、いいところを突いたと思う。

 広告を取らない、テストする商品も提供を受けず購入する、という、現在のコマーシャリズムからは想像もできない妥協のなさは有名であった。
 今時、これほどまでに心を込めて世に送られている雑誌はありえないと思う。現在では、この本の目玉だった商品テストはない、という。4世紀82号というのが、今年の7・8月号のナンバーらしい。
 100号毎に初心に返るという気持ちを込めたナンバーらしいから、隔月刊で482号ということになる。現在の本誌は何となくシャレた感じになっていて、僕のこころはあまりそそられない。

 ここに、その雰囲気の伝わるリンクを貼って、思い出として残しておこう。
http://portal.nifty.com/kiji/131114162337_1.htm
http://merimaa88.hatenablog.com/entry/kurashinotecho-cover-1

 
   7月15日(金) 沖縄は本当に日本でよかったのか?

 僕が未だ小さかった頃、大人の人から、「もう少し戦争が長引いたら、宮崎は焼け野原だった。」と、何度か聞かされたものだ。
 子供心には、長引かずに良かった、それで宮崎は助かったんだ、くらいにしか思わなかったが、後になって、それは沖縄の犠牲の上に回避された、ということを知った。

 今では、戦争のことを語る人は少なくなったし、あまりにも生々しい体験を持った人は、そのことを語りたがらない。

 終戦間近になって、米軍は沖縄総攻撃を始めるが、沖縄戦の後は、南九州上陸が予定されていた。

 沖縄、南九州の次に関東・九十九里浜上陸が予定されていて、沖縄戦が長引けば、南九州上陸を端折って、関東、九十九里浜上陸となることが予想されていた。
 だから、沖縄には早く玉砕(全滅)することが求められていたらしい。南九州は志布志湾、日向灘からの上陸も想定されていたらしく、そうなっていれば、今の宮崎はなかっただろうし、僕らの命もなかっただろう。 

 沖縄は命令に反し、持久した。これにより南九州上陸が避けられたといえるだろう。沖縄の戦いいかんによっては、日本の戦後の状況は全く変わっていたかもしれない。
 ドイツは東西に分断されたが、ソ連の参戦により、日本も南北に分断され、悲惨な歴史を歩むことになっていただろう。

 終戦は原爆によるものではなく、おそらく周知のように、米軍の要請によるソ連の参戦により決定的となった。そのことは、米ソともに了解していて、これによって終止符を打つ、というシナリオになっていたように思われる。

 問題の北方4島はシナリオ上、ソ連に属することは明瞭だったので、あえて明記すらしなかったと思われる。
 ルーズベルトは北海道などには興味なく、ソ連が参戦すれば、くれてやってもいいくらいの思いだったらしいが、戦後処理に際し、米ソ対立が際立ち、原爆投下の決断をくだしたトルーマンが反対し、日本分断は免れた、ということらしい。

 日本の捨て石としての沖縄の状態は、今も続いているといっても過言ではないだろう。戦後71年、何とか平和な日本を築いてきたが、過去も現在も沖縄の犠牲の上に築かれたことを忘れてはならないだろう。
  沖縄は未だ日本の占領下にあり、日本は未だアメリカの占領下にある、と言うのが、正直なところかもしれない。

  けれども、そういうことは一切、学校の歴史教育の中では教えてもらっていない。多分、第2次世界大戦の歴史について教育することは、タブーだったのだろう。それは戦争責任について、日本人が当事者として総括しなければならないからだ。

 だから、終戦に至る経緯や、沖縄のことなど、脇に追いやられていて、正面から取りあげようとした鳩山さんなんかは、変人として片付けられることになった。確かに彼には総理としての戦略や戦術に欠けるところがあったのかもしれない。その資質ゆえ、百戦錬磨の官僚に、見事に嵌められたのだろう。

 日本の針路はどこで、どのように決められているのか、マスコミでは絶対に触れない内容がここにはあります。以下のリンクおよびこの周辺の記事をぜひ見ていただきたい。
https://www.youtube.com/watch?v=DJoK5XCsw5w
https://www.youtube.com/watch?v=krV62aIe1_M

 翁長さんの話

http://www.asyura2.com/15/senkyo191/msg/247.html

 ついでに安部さんの来歴
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20150524/Litera_1128.html

 

                    
            
 2016年 6月 


     623(木)  「平和ぬ世界どぅ大切」

    一昨日、「トッキョキョカキョク」のホトトギスをメモしたよなぁ、なんて思っていたら、なんと今日は「チョットコイ」のコジュケイが、待ってましたとばかりに鳴きだした。何度もなんどもはっきりした標準語で鳴いている。なかなかの優等生だ。 

 一方、セミの声は一層力強くなってきた。数百匹が一斉に鳴き、まるで波のように打ち寄せる。寄せては引き、引いては寄せる攻防が、もう何時間も続く。
 短い命とはいえ、驚くほどのエネルギーだ。 セミの声と子供と麦藁帽と戦争とが、僕の中では、何故か少し穏やかな情景となって、同じ一枚のイメージに定着している。

 今日は「沖縄慰霊の日」。ネットで紹介されていたので、ご覧の方も多いとは思うが、すぐに過去のものとなるので、これだけはメモしておこう。

 糸満市の追悼式で、町立金武小学校6年の仲間里咲さんの「平和(ふぃーわ)ぬ世界(しけー)どぅ大切(てーしち)」という自作の詩が、ご本人によって朗読された。

  
「平和ぬ世界どぅ大切」

ミーンミーン」
今年も蝉(せみ)の鳴く季節が来た
夏の蝉の鳴き声は
戦没者たちの魂のように
悲しみを訴えているということを
耳にしたような気がする
戦争で帰らぬ人となった人の魂が
蝉にやどりついているのだろうか

「ミーンミーン」
今年も鳴き続けることだろう
「おじぃどうしたの?」
左うでをおさえる祖父に問う
祖父の視線を追う私
テレビでは、戦争の映像が流れている

しばらくの沈黙のあと
祖父が重たい口を開いた
「おじぃは海軍にいたんだよ」
おどろく私をよそに
「空からの弾が左うでに当たってしまったんだよ」
ひとりごとのようにつぶやく祖父の姿を
今でも覚えている
戦争のことを思い出すと痛むらしい
ズキンズキンと…

祖父の心の中では
戦争がまだ続いているのか
今は亡き祖父
この蝉の鳴き声を
空のかなたで聞いているのか
死者の魂のように思っているのだろうか

しかし私は思う
戦没者の悲しみを鳴き叫ぶ蝉の声ではないと
平和(ふぃーわ)を願い鳴き続けている蝉の声だと
大きな空に向かって飛び
平和(ふぃーわ)の素晴らしさ尊さを
私達に知らせているのだと
人は空に手をのばし
希望を込めて平和の願いを蝉とともに叫ぼう

「ミーンミーン」
「平和(ふぃーわ)ぬ世界(しけー)どぅ大切(てーしち)

 沖縄のこと、大戦のこと、戦後のことなど、僕たちは全く教えてもらっていない。多分、今でもそうなのだろう。

 あれだけの大戦を経験しながら、自分たちの自前の学習や反省などが、学校教育の場で全くなされていないばかりか、タブーにさえなってきたように思える。
 この点については、やはり一度、自分なりに考えをまとめておかなければ、と思っている。

 


    6月21日(火) トンボ、ツバメ、ホトトギス、真昼の夢 

 恵みの雨も恵み過ぎで、ちょっと勘弁してよ、という感じで激しく降ったが、どうやら一息ついてくれたようだ。降らなくても困るが、降りすぎても困る・・・お百姓さんはたいへんだ~。

 今朝クラブに着くと、側溝の蓋が5枚、見事に水で吹き飛ばされていた。軽いのが2枚、重いのが3枚。重いのは50kgはあるだろう。腰を痛めないように、慎重にずらしながら、何とか収めた。練習会もできた。

 もう、皆さん大変上手なので、僕がコーチすることはない。そこで、ご希望を聞いて、それを練習することにしている。皆さん球出しのボールには習熟されていてお上手なので、なるべく実践に近い形の練習を心掛けている。

 昨日書いたハゼの10mが、そんなにあったかな?と思い、裏の窓を開けて眺めてみたが、確かにそれ近くはあるな、と思った。思いながら周りを見ると、なんとトンボがたくさん飛んでいる。それもハゼの木の周囲に群がって飛んでいて、控えめにみても50匹はいる。

  トンボの知識はほぼ0なので、よく分からないが、少々赤っぽいのでアカネのどれかで、それほど鮮やかでもないし、小ぶりなので、アカネの中では最もポピュラーだとされている「ノシメトンボ」ということにしておこう。ハゼの実は脂肪酸が多く、野鳥が好んで食べるというから、トンボもそれに惹かれて集まるのかな?
 なんて考えながら、見ていると、ツバメがそのすぐ上を飛んでいく。そういえば、このところコートの上はツバメばかりである。近くに巣を作っているに違いない。これだけいるのだから、すぐに見つかるだろう。

  相変わらずのセミの騒音、その合間を縫って、ウグイスが鳴いている。この前、ホトトギスも大きな声で鳴いていた。窓越しに外を眺めると、パッと明るい陽が差し、セミが一段と声を張り上げた。でも風が吹き、なかなかいい気持である。昨日は睡眠不足だったので、少しだけ昼寝しようかな、15分くらい。

 この前、スイスで「ベーシックインカム」導入の是非を問う国民投票があった。予想通り否決されたが、僕の理想はベーシックインカムである。そしてお役所の仕事のほとんどはボランティアでやる・・・なんて夢でも見ながらね。

   
    
620日(月) セイタカアワダチソウ

  今日も恵みの雨、それもたっぷりの豪雨だ。前回メモしたネムノキの一枝は、雨の重みで地面に着きそうなくらい垂れ下がっている。奥の大木もみな、うな垂れ、花も色褪せて見える。
 夜になって雨は上った感じだが、ジュニアには間に合わなかったな。残念だが、週末頑張った僕の体には恵みの雨だったかもしれない。

 さて、「テニス村動植物メモ」で、あと少しだけ残しておきたいメモを足しておこう。一つはこれぞ雑草といわれた野草について・・・セイタカアワダチソウ!

 クラブハウスと道路の間に奥行き12m、幅40mほどのスペースがある。ハゼの木以外には草しかなく、ごく普通に雑草スペースである。このハゼの木も僕が此処に来てから生えたものだが、すでに10mくらいの樹高がある。
 窓を開けてちょっと確認すると、なんと小柄な「コガラ(多分)」が数羽、雨中の葉陰を飛び回っている。

 この細長いスペースに、数年前、例の「セイタカアワダチソウ(背高泡立草)」が勢いよく繁殖した。漢字の通り、背丈が高く泡のような黄色い花をつける。道路の反対側まで浸食し、すごい勢いだ。
 何とかしないと辺りを侵略してしまう、などと心配したものだ。しかし、そこは生来の怠け者、ようし、どうなるか見届けてやろう・・・と、ほったらかしにしておいた。するとどうだ、2~3年後にはすっかり姿を消してしまった。

 後で知ったのだが、この草はアレロパシーという物質を分泌し、あたりの生物を撃退してしまう。その上、地下50cmくらいまでの養分を使い尽す。    その結果は自身にもおよび、繁殖できなくなってしまうそうだ。1本に数万の種を付け、狭いところに密生して生えるので、とてつもない勢いで増殖していくが、そのことによって自身も滅ぼしてしまうという。

 まるで栄華を誇った、古代の文明みたいだな。一時の日本も、飛ぶ鳥を落とす勢いで海外に進出していたが、今では逆に侵入されている感じだ。栄枯盛衰、奢るもの久しからず、・・・まぁ、いろいろあっても、一喜一憂せず、じっくりしっかり足元を踏みしめて、日々を過ごしましょっと。

 
   
  18日(土) 合歓木、セミの声、がんばれジュニア!

 45日前のことになるが、突然、ネムノキに花が咲いているのを見つけた。距離をおいて4本ほどあるかなりの大木に、よく見るとたくさんついている。
 ネムノキは夜になると葉が閉じて重なる、つまり「眠る」ので、その名がついたという。
 また、合歓木とも書くが、これは仲睦まじい様子を表したという説が有力だ。その香りは甘く、桃のようだとも言われているが、何しろ大木なので、なかなか嗅げなかった。

 今年は1本の枝が垂れ下がっていて、手が届きそうな枝がある。何とか引き寄せて鼻に花を近づけてみたが、全く匂わない。嗅覚の加齢による衰えは小さいと言われているが、僕はものすごく衰えているのを感じる。

 まだ若かりし頃、僕は部屋の中で、ガスの臭いを嗅ぎつけた。誰も気づかず、また、誰も「臭わない」と言っていたが、念の為、ということで、ガス会社を呼んで、調べてもらったことがある。
 社員の人も臭わない、と言うが、器械で検査してみると、わずかながら漏れていて、感心されたことがある。嗅覚には自信があったのだが、老化には勝てぬ、気が付かない方がいいこともあるので、これも老人力として素直に受け入れておこう。

 話がそれた、ネムノキに戻そう。この花が咲きだすと、そろそろセミだなぁ・・・と、思ったとたん、一斉に鳴きだした。本当に偶然に、思いと現実が一致した。そして、この声を聴くと、途端に暑くなる。

 あれから4日経ち、合歓木の花も、セミの鳴き声も一層にぎやかになって,暑さもかなりのものになっている。野草も一段とにぎやかになり、夏近しの感を更に強くさせている。

 今日はクラブ対抗があるので、朝のクラブはさぞ、寂しいだろうと、覚悟して来てみたら、何のことはない、コートは普段通りの賑わいであった。(友達少ない人が多いのかなぁ・・・?いや~失礼!)

 今日のジュニアは、昼、夕方、それぞれ6~7人ずつとちょうどいいくらいの出席。それぞれに上手くなり、体力もついてきているようで楽しみだ。今、ジュニアを終え、一息ついてメモしている。

 体にはかなり堪えているが、楽しみが勝って、打ち消してくれる。明日も頑張ろう!(今日は明るいね)

  

     6月13日(月)  雑草、害虫、駆除、人間様

 今日も生憎の雨、梅雨だから仕方ない。と、普通に言ってしまうが、生憎とは何事だ!

 雨に恵まれず、取水制限や給水制限の地域もあるというのに・・・それどころか世界を見渡せば、飲み水すらままならない干ばつ地帯もたくさんあるじゃないか・・・。 

 何の労苦もなく、これだけ大量のもらい水ができるのは、贅沢極まりないことだ。そう、まさしく恵みの雨なのだ。感謝感激、いくらしてもし過ぎることはない。

 今朝方、11時頃、クラブハウスに着いて、入り口のドアを開けようとしたら、ウグイスちゃんが朝のご挨拶。すぐ後ろの木の枝から、短めのご挨拶、続けていろいろしゃべりかける。
 ドアのカギを片手に、思わず聞きほれる。

 今はもう16時近いが、いまだにさえずり続けている。ここでは周りの丘に反射して、ひときわ大きな声になる。
 「ホホホホホキョキョ!」とまるでおしゃべり口調である。だけど、時折、ちゃんと標準語もしゃべれますよ、とばかり、ひときわ大きな声で「ホーーホキェキョ」としっかり鳴く。
 今はチョウもトンボも飛んでいる。

 木々の緑も濃いが、草も茂ってきた。「コート周りだけでも除草剤をまいたら?」と何回も言われたが、「いや~除草剤は嫌いなんで・・・」とお断りしている。
 以前は全部自分で刈り取っていたが、体力が弱ってきたせいで、テニスと両立しない。今では全て人頼みだが、やはり刈り取ってもらった方が気持ちがいい。除草剤で息絶えていく無数の生き物のことを気にしなくていいのが何よりだ。

 コート周りだけでも何百種類もの生き物がいて、ここで過ごす人間の何万倍もの生き物がいるはずだ。運悪く草刈機の刃に当たって死んでしまうのもいるだろうが、大方は生き延びる。
 刈られた草も根っこで生きているから、すぐに再生する。あまりに早すぎるので、ちょっと困りものだが、まぁ、瑞々しい緑の雑草の復活なので、喜ぶことにしよう。

 「雑草」なんてのも、人間様が勝手につけたもので、草に貴賤の別はあるまい。要するに、人間が管理できない、あるいは野菜など人間の食糧となる管理作物の邪魔になるものを雑草というのだろうが、ここでは何も栽培していないので、すべて野草である。

 野草の多くはとても可愛らしい花を咲かせる。本当はそのままにしておきたいのだが、ボールが草むらに入り込んで、行方不明になる、草むらに手を突っ込んで何かに噛まれる、などなど心配もあり、刈り取ることにしている。今は相当延びて頼んではいるが、まだ人手が回らないようだ。

  雑草で思い出したのが害虫駆除などの「害」と「駆除」。ここら辺でもサルが悪さをする、というので、サル駆除というのがあるらしい。ハチの駆除やクマの駆除や、いろいろ人間様の都合で駆除される。

 そもそもそこは、害虫やサルの方が先住民で、そこに無理やり人間様が割り込んできたんだ。向こうから割り込んでくることなどありゃしない。人間が一定の距離を保って行動し、急に脅かしたりしない限り、動物の方から攻撃してくることはほとんどないはずだ。
 蛇などでも、驚かしてしまうと、鎌首をもたげて威嚇するような姿勢をとるが、ほっておけば向こうから追っかけてきて攻撃することなどありはしない。

 この駆除、という考え方が恐ろしい。おそらく西欧人がアメリカ大陸を侵略していった時、原住民(いわゆるインディアン)は駆除の対象でしかなかったのだろう。
 さすがに最近では見ないが、昔の西部劇は悪いインディアンをやっつけていく、勇ましい男たちの物語だ。ひどいもんだね。

 先住民はまさしく人間ではなく、雑人あるいは害人であったのだろう。残念ながら、日本も彼らの真似をして、その仲間入りをしてしまったようなのだが、改めるのに遅すぎることはない。

 人権人権と声高に話す人たちは、まず自分たちの負の遺産をしっかり見つめ直し、世界に謝罪して、出直してほしいものだ。(続く)

  
    
6月7日(火)  悪い面ばかり見てる気もするが・・・

 最近のこのメモ、何だか、人間の悪い面ばかり見てるような物言いになっている気がしてきた。と同時に、とりもなおさず、そこを強調する自分の偏りを露呈している気もしてきた。

 しかし、僕が文句を言っていないことは、山ほどあり、ほとんどそうなんだが、口に出すのは文句ばっかり!ってことになっているんだな。
 人間、そう捨てたもんでもない。その証拠に、僕のように適当な欠損人間が、兎にも角にも70余年、生き永らえているのが、何よりの証拠だな。

 僕を取り巻く小さな世間様は、とてもいい世間様だと、本当に感謝している。文句ばかり出るのは、僕が欠陥人間の証拠かも・・・いや、かなりの確率でそうなのだろう。

 とにかく、戦争だけはダメだ。そっちの方向だけは向かないでほしい。
 そこが、そこだけが一番の思いである。
  そのためにはかなり貧乏でもいい、と思っている。そこから外れるものに対しては、どうしても敏感になって喧嘩を売っている感じだと思う。

 梅雨入りしたそうだ。でも、今日は晴れたり曇ったり、とにかく湿度は相当なもので、風がないと、とても蒸す。
 でも、今、緑が一番鮮やかな季節でもある。緑越しの風はとても心地よい。

 僕は花より緑だな。木々の美しさは何より心を和ませてくれる宝物だ。花は少しあればいい。緑の合間に、少しだけアクセントを付けてくれれば最高だ。

 火星が何年に一度の大接近だとか・・・確かに南の夜空には、大きくて赤い火星が見える。蛍光色の金星と裸電球のような火星が、南と西に見える。コートには小さな蛍、贅沢だね。

       6月4日(土)  ただただスポーツを楽しみたい。

 スポーツ祭の日だが、生憎の雨。フレンチも雨が多くて選手には不評のようだ。
 でも、テニスのように長時間の勝負では、雨で勝負がひっくり返ることは滅多にない。風雨の影響を多く受けるのは、下位の選手の方だから・・・。
 いずれにしろ、選手には気の毒だが、日程もあることだろうから、いたし方ない。お天道様には逆らえない。

 さて前回、JOC2億とも4億ともいわれるコンサル料についてメモする予定だったと書いていて、確かにそうだったのだけど、ちょっとアホらしくも思えてきた。
 もっともっと闇は深いようだし、素人には裏の裏なんて分かりはしない。M知事と同じで、論ずるに値しない、ということにして幕引きかな・・・。

 知事に関しては、第3者にやってもらうような判断基準しか持ち合わせがなく、それを自分自身ではできない・・・ということの方が問題で、「何ら問題はありません」と言っていたその問題意識こそが最大の問題なのだ。
 コンサル料の場合は、ほぼ賄賂で、これがコンサル料として、「常識です」という、その常識こそが問題なのだ。

 まったく、スポーツ界も広告業界もスポンサー業界もマスコミも更にはNGOやNPO等を隠れ蓑にして、利権をあさっている団体等々、腐りきっているところが多すぎる、としか言いようがないな。
 と、ここまでは何とか世間並みに言えるかもしれないけれど、しかし、問題にはもっともっと闇があるようだ。

 今までも政治家が叩かれたり葬られたりした裏には、ぼくらの計り知れない闇があったと言われている。
 なぜ、このタイミングなのか?なぜ、他にもたくさんの同罪者がいるのに、なぜ、この人なのか?

 
先のパナマ文書もシャラポワのドーピング問題も、その他もろもろ、問題も、その本性は闇の中である。
 このお金至上の経済社会においては、戦争もオリンピックも、福島の原発事故も熊本の震災すらも飯の種、政治の駆け引きのツールである。誰も責任を負わず、後の世代にツケを回す。
 願わくは、スポーツはそこからず~っと遠いところにあってほしい。けれど、どっこい、スポーツもその真っただ中にあるようだ。
 オリンピックなんて糞くらえだ、メダルなんて屑だ、と言い放っておこう。

 本当にただただスポーツを楽しみたい。できれば木陰で、涼しい風を受けながら・・・
 雨の所為にはしたくないが、今日の文章は相当に荒れているな~!
 なにせ、肉体労働の空き時間に、思い付きをメモってるだけだから、多少の荒れ具合は勘弁しといてやろう。
 でも、次回は、何か荒れない内容をちょっとじっくりメモりたいものだ。

   61日(水)  昼は蒼空、夜は蛍が飛んでるそ! 

 とにかく早い、もう6月である。
 先日の夜、コートの灯を消して辺りを見渡すと、蛍が飛んでいる。今までもコート周りでは見かけたが、コートの中で見たのは初めてだ。
 道に出て数十メートル先の蛍園(勝手に名付けているのだが)に駆けつけてみると、いるいる・・・数十匹の蛍がゆらゆらと舞っている。なんとも幽玄な世界だ。

 翌日も見に行ったけど、一匹も見つからなかった。蛍にも気分があるんだな・・・。

 529日の理事会を最後に、市のテニス協会の役員をようやく解かれた。特に大きな事故もなくお役御免となれたのは、奇跡的な幸いだ。周りのみんなに支えられてのことで、儀礼的でなく、心底感謝の限りである。

 
 これからはクラブの運営に、もっとちゃんと向き合っていこうと思う。
 
殊勝にもそう思ってホームページの衣替えをしてみたが、何せこういうセンスはゼロの人間なので、よくよく眺めてみると、昔の形に先祖返りしただけのようにも思える。

 コートから見る空(表紙の写真)は、まるで夏空のように青い。蒼空である。
 蒼空で思い出すのが、フランスの詩人、マラルメの「蒼空」。「蒼」は理想や若さの象徴ともいう。
 彼の詩はとても難解だとされている。僕みたいなズブの素人には、どうせ訳詞を通してだから、原語のもつ意味や象徴など理解できるわけもないが、それでも、何となくカッコええなぁ・・・と感じ入ってしまうのである。
 詩なんて音楽みたいなもので、頭で理解するものではない!と割り切って、分からなくても、何か感じればそれでいい、ということにしている。


 先日、何気なく点けたTVでN響コンサートをやっていて、R・シュトラウスの「ツァラトゥストラはこう語った」をやっていた。できれば「ツァラトゥストラはかく語りき」と文語のタイトルにしてほしいところだ。
 無論、この曲とニーチェの著作とは何の関係もないと思う。しかし、作曲家がニーチェの著作から、何らかのインスピレーションを得て、作曲したのは間違いないところだろう。しかし、そのインスピレーションを共有しろ、というのは無理な話だ。
 ニーチェについてはいくらでも解説が検索できるので、僕が言うことは何もない。宗教的土壌が全く違うので、僕らがそれを理解するのは、なかなか及ばないことだと思うけれど、これもエイヤッとばかりに、詩や音楽と同様に捉えて、何となく分かった気になれればいいやい!

 本当はこんなことを書く気は毛頭なかったのに、まったく違う方向にそれてしまった。また機会と気分を改めて、メモすることにしよう。
 そうそう、今日はJOCのコンサル料、23,000万についてメモるつもりだったんだ。

                       2016年 5月 

   5月24日(火)  小保方問題は流れが変わるかも・・・  


  4月末からのゴールデンウィーク10連休は、ジュニアも昼、夜2コースともフル稼働したので、以来、大変参ってしまった。
 13年やってきた市のテニス協会の整理や引継ぎもあり、すっかり草臥れGさんモードに陥ってしまった。
 でも、ここのところのいい天気のおかげで、少しは元気が回復してきたようだ。大晦日以来、まったく上がらなくなった左肩も、多少は上がるようになってきた。
 これから梅雨までの短い期間、ちょっとは頑張ろうか、という気になっている。


 フレンチも始まった、錦織さんはほんとに強くなったと思う。かって苦労していた相手を軽く一蹴できるようになっている。どうかこの調子で、最後まで行ってほしいものだ。

 ところで、MLBのイチローさんもすごいね。この3日間、先発で出場し、13打数10安打、7割を超える。今年の通算でも4割を超えた。
 カウントダウンの3000本もあと40、日米通算1位までは18と迫ってきた。あの代打の代打事件以来、メラメラと闘志を燃やしたに違いない。とんでもない監督だと思っていたが、いや、彼に爆発的な怒りの焔を点けたことは、なかなかたいしたもんだ、と思い直してしる。
 さて、この間は、あまりにもいろいろ考えることが多かったので、何からメモし始めればいいか、迷うところだが、手始めは小保方さん問題をちょこっとメモしておこう。

 2月2日(火) 「ついでにもう少しゲーテメモ」で、以下のことをメモしている。
 「真理と誤りが同一の源泉から発するのは、不思議であるが、確かである。それゆえ、誤りをぞんざいにしてはならぬことが多い。それは同時に真理に傷をつけるからである。」

 マスコミやネットなどで、まるでリンチのように叩かれている人には、それにもめげず、次の自身の行動にとり掛かることを勧めている。行動あるのみ・・・

 これは、あまりにもひどい一方的な小保方バッシングへの反発から書いたものだが、事態はどうやら転換点に達している感じだ。
 ハイデルベルグ大に次いで、テキサス大学医学部ヒューストン校、さらにハーバード大などでも、STAP現象を肯定的に捉える実験結果を得ているらしい。

 そもそも、なぜ、あんなに寄ってたかって攻撃し排除しなくてはならなかったのか?何かわけがあったに違いない。そのうちにこの間の事情が明らかになってくると思う。
 理研もマスコミも、こんなにまで世論をミスリードすることは、決して許されないことだと思う。たとえ、スタップ現象が幻であったとしても、である。
 とりあえず、このことだけ、メモして、今日はお仕舞い!

          

           2016年 4月 

    429日(金)  50年前の哀しい武勇伝でした

 26日に書き残したネクタイ拒否の顛末は、もう50年くらい前の話で、ちょっと哀しい武勇伝だ。今の僕だったら、そんなことにはあまり神経を使わずやり過ごし、もう少し実のあることに勢力を注ぐ方がいいと思うに違いない。

 その後は、幸いというか、不幸にもというか、ネクタイをしなくていい状況で長く生きてきたので、もう忘れかけていたが、ムヒカさんの話で鮮明に思い出したのだ。
 冠婚葬祭は嫌いで、できれば敬遠したいが、そうも言っていられない関係もあるので、そういう時は、今は迷わずネクタイをしている。
 自分に信念がない時、考えに迷いがある時は、まぁ、世間のしきたりに従った方が、間違いは少ない、というデカルトさんの教えに従っている。

 ただ、一つ、やはり大事なことがあって、いつも引っかかっている。それは、自分がネクタイをしてしまえば、間違いなく、ネクタイを締めろ、という「圧力を形成する世間」の一人に組み込まれてしまう、ということだ。
 些細なことかもしれないが、自分が無意識にとっている日常的な行動が、世間の常識を作る一票になってしまう、ということだ。

 当たり前のことだが、そのことをいつも自覚しておかなければいけないのかな・・・と思っている。


  4月26日(火) ネクタイなんて無用なボロ布です(ムヒカ)

 前回、引用したムヒカさんのリンクを見た方は、ネクタイについて語った件を覚えているかな。(この記事

 今日も雨なので(何の関係もないが・・・)、僕の若造時代の哀しい武勇伝をメモしておこう。
  
にとってこのメモは、云わばボケ防止のための頭の体操でもあるので、昔の思い出をたどりながら、自分に都合よくまとめておくことにした。

 「ネクタイなんて、首を圧迫する無用なボロボロ布です」とムヒカ大統領はそのインタビューで語った。
 「私は、消費主義を敵視しています。現代の超消費主義のおかげで、私たちは最も肝心なことを忘れてしまい、人としての能力を、人類の幸福とはほとんど関係がないことに無駄使いしているのです」・・・同感・・・なかなか素晴らしい。

 初めて務めた会社に、僕はノーネクタイで出社していた。今でこそクールビズとかいって夏季限定のノーネクタイもOKというところも多いが、当時は全くのタブーで、けしからん新入社員だったはずだ。
 しばらくして、やはり、同僚を通じて社長命令が来た。「ネクタイをするように・・・」。伝言してきた彼は、昼は模範的なスーツ姿の社員、しかし、夜はアングラ劇などをやっていて、全く違った風体のヒッピーであった。

 「俺の昼間は世を忍ぶ仮の姿で、夜の俺が本当の俺だ」なんてウソブイテいたが、表の社会でごまかしていては何にもならん!なんて思っていたので、「お前に言われる筋合いはない!」と無視。

 我々世代は、大方、世間に対して何らかのわだかまりを感じていて、それぞれのスタイルで生き方を模索していたと思う。
 今まで日常と思っていたことが、実は非日常的な異常な状況であって、そこのところを、正直に、自分の実感で生きたい、と感じていたのだ。

 しばらくして、今度は課長経由のお達しが来た。「ネクタイをして来いという社長命令だ」
 その理由を聞くと、「著者の先生方に失礼だ」ということだった。僕は生意気にも反論した。「いやしくも物を書くような先生方が、世間の常識を振りかざし、ネクタイ一つをとって、失礼だ!などと言われるはずがない。
 もし、そうであったら、僕は自分の考えを言って、それでも失礼だ、といわれれば、首を切ってもらってもいい」と言い放った。

 世間を分かったつもりの今であったら、おそらく言えないな。恐ろしい世間知らずだが、この若い課長は、「よし、分かった。君がそこまで自分の意見をもっているなら味方しよう。社長には俺からうまく言っておく・・・」と、言ってくれたのだ。

 確かにいい時代ではあったと思う。(その点、今の時代の若者は、会社に締め付けられ、優等生にしていないといけないので、本当に可哀想だな、と思ってしまう。
 ただ、会社はお上に、個人は会社に、必要以上に縮こまり、過剰自粛しているのではないか、この全体的な雰囲気が、社会を閉塞的にしてしまい、自由な雰囲気を奪っているような気がする。
 若者よ羽目を外せ!・・・と言いたいところだが、会社からすると、今の若者は何を考えているのか分からん、ということになるらしい・・・)
 かくして、この生意気な若造は、しばらくはこの会社で生き永らえられたのである。

 ネクタイなんてボロ布のことは、まぁどうでもいいことかもしれない。しかし、当時は、ささやかな日常のディテールを大事にしていくということが、素通りできない大事なことに思えたのだ。

 論理は、まさにムヒカさんが言っている通りに感じていたのだが、うまく説明はできていなかった。彼はまさにその時の僕の感覚を代弁してくれた。
 もしも当時、「ネクタイは首を圧迫する無用なボロ切れです」と、公言できる頭脳と勇気があれば、悶々とはせずにいられたかもしれない。

 しかし、こんな無用?の衝突を繰り返す生意気小僧に、会社勤めが長く勤まるわけがない。
 才能があれば、何とか使い道もあっただろうが、ただ生意気なだけの若造を長く使いたくはなかっただろう、と思う。首を切られたわけではないが、数年後にはここを去る結果になった。

 その後の長~い人生を振り返ってみると、お勤め時代の中では、ここが一番、居心地がよく、気の合った仲間も何人かいた楽しい?季節だったと感じている。 (多分続きは無しかな) 

  4月23 金持ちは政治家になちゃいかん(ムヒカ)!

 名古屋市議会の議員報酬が800万から650万アップということで、世間の注目を浴びたが、これはもともと倍だったのを、半分にしたものを、また、元に戻したものだ。
 河村市長と議員のやり取りもおかしかったが、ある議員がインタビューで「あんまり安いと若い人が政治家を目指さなくなる」と言っていた。呆れたね。金が欲しくて目指すような奴は政治家にならなくていいよ!!

  第一、政治に金をかけるのがおかしい。そこで早速思い起こされるのが、今月初旬に来日し、1週間滞在して、庶民から大歓迎を受けたウルグァイの前大統領ムヒカさんだ。
 彼は今や世界の有名人なので、みんな知っているとは思うし、ムヒカ大統領で検索すれば、沢山出てくるので、必要ないとは思うが、ここでやはり一つだけでもリンクを・・・とりあえず、つだけ記事をメモしておくことにする。
 こういう人にこそ、政治家になってもらいたい。税金、つまり住民の金にタカルような輩には、権力を握ってほしくない。

 前回、脱税ということで、「タックスヘイブン」をメモしたが、本当に大金持ちの個人は、実はPT(パーペチュアル・トラベラー)となり、どこにも納税しないのが多いらしい。
 巨大グローバル企業のオーナーやスポーツ選手など個人業の大金持ちは、これを選択している人が多いという。
各国で非居住者とみなされる滞在期間の間だけ滞在し、税金を払わない。

 日本は属地主義をとっているので、現に住んでいる国に納税の義務を負う。しかし、アメリカなどは属人主義なので、どこに住もうがその人が持っている国籍に納税の義務がある。

 ところが、国籍を抜いてしまうと、納めるべき国が無くなる。また、長く滞在しなければ、居住者ではなく旅行者なので、住んでいる所がなく、納税する国もない、ということになるらしい。
 大金持ちが一応、税金のほとんどかからない国に国籍を持ち、あちこちに別荘をもって、旅行者とみなされる程度にしか長居せず生活すれば、どこにも納税しなくて済む、ということらしい。

 大金持ちになる人はすごいね。これでたくさんの救える人たちが餓死していくんだからね。僕の解釈は間違ってるかな・・・でも、これは合法らしい・・・合法っていったい何なんだ、誰のための法律だ? 
 やっぱり政治家は金持ちがやってはいけないね。


     4月11日(月) パナマ文書、こいつはすごいな~

 3年ほど前に、「ケイマン諸島」がタックスヘイブンということでクローズアップされた時、日本人の租税回避の額が55兆円に上ったという。
 これは国家予算を超えるもので、大問題なのに、マスコミでも大々的に報じられることはなかった。

 今回、パナマ文書という大変な機密文書が流出した。5月にはすべて明らかになる、ということらしいが、さて、本当にすべてが明らかにされるのだろうか?

 いわゆる「タックスヘイブン(租税回避地)」、いろいろ言い訳はあるだろうが、要するに、脱税手口の一つだ。外国の政界要人も何人かいて、ピンチに立たされている。国民には納税を強いながら、自分たちは蚊帳の外で涼しい顔か? 

 日本の大手企業も相当数含まれているらしい。この方々が、日本のリーダーとして、政治もマスコミもスポーツ界も牛耳っているのかと思うと、ぞ~っとするな~。その額たるや莫大らしい。しかし、今回も、政府は追及しないらしいし、マスコミもほとんど深堀しない。

 それもそのはず、彼らは同じ穴のムジナらしく、持ちつ持たれつの関係みたいであるからな。これらがちゃんと納税されていれば、子育て支援や介護支援なんかいっぺんに賄っておつりがたんと来る。世界の格差問題や貧困問題も、いっぺんに片が付き、テロもなくなるだろう。

 沢山の献金を頂き、沢山のウソをつきながら、親分稼業をやっている連中の懐には、一部、政治献金として入っているのかもしれない。
 そもそも政治献金はすべて賄賂だ。献金をして、その企業に何のメリットもなければ、それは株主に対する裏切り行為だから、必ずメリットがあるはずだ。どうしても献金したければ、国会に献金し、政党助成金として分配すればいい。

 どんな言い訳をしても、「タックスヘイブン」での行為は脱税であり、政治献金は「賄賂」である。
 こんなことを書いていると、政治と金、スポーツと金、いろいろ思い当たるね。直接関係はないが、この前の愛知県の議員報酬の問題や、世界一貧しい大統領と言われていた、ウルグァイのムヒカ元大統領のことなどが、思い起こされる。
 人間の品位の問題だが、それで片づけてはいけないな、絶対に・・・(続く) 

    
   
4月7日(木) スポーツ界もトリクルダウンはない!   

 競泳日本選手権が開催中で、熱い戦いが繰り広げられている。ヒーロー、ヒロインが続々誕生しているようだ。
 こちらのオリンピック選手選考は一発勝負で、概ね2位以内で、かなり厳しい派遣標準記録を、決勝で突破しなければならない。
 選手にとっては厳しく、連盟にとってもリスクのある選考規定だが、いろんな思惑が排除される極めて明瞭なもので気持ちがいい。


 ここまで書いて筆を置いていたら、平泳ぎ100m決勝の北島のことが、ネットで話題になっていた。
 かつての金メダリストも寄る年波には勝てず、しばらくくすぶっていたが、今年はまた燃え上がっているようだ。決勝は2着、準決勝では標準記録を破ったが、決勝では
0.3秒及ばず、選考に漏れた。
 ネットでは「北島を出せ」と、騒がしいが、北島を特別扱いするわけにはいかないだろう。

 寄る年波と平泳ぎで思い出した、群ようこの随筆に「寄る年波には平泳ぎ」というのがあったな。
 平泳ぎを緩い泳ぎですいすいと・・・と意味づけているのだろうが、人生を賭けて平泳ぎを追及している北島としては、平泳ぎをなめんじゃない!と、憤るだろうな~。

 脱線し続けているが・・・サッカー女子のなでしこチームが予選敗退し、オリンピックに出場できなくなった時、「申し訳ない」と涙ながらに謝罪する姿が映し出された。
 勝負には勝者と敗者が必ずいるわけで、賭博ならいざ知らず、負けようとして負ける選手はいないわけで、みな全力を尽くした末の結果なのだから、負けて謝る必要など、本来ならない。

 しかし、多額の強化費を税金で賄い、スポンサーからも多額の?援助を受けているので、やはり「申し訳ない」ということになるのだろう。
 強化選手に指定 された選手とそうでない選手とでは相当のハンディがあるはずだ。強化選手の対象にならなければ、そもそも予選へのキップすら手が届かないのではないだろうか。

 テニスに関してざっくり言えば、1万人のプロ選手のうち、半数近くが獲得賞金セロだという。ツアーを回ってポイントを獲得しない限り、上のステップには進めない。
 資金も尽き、スポンサーも離れる状況になった時、テニスをあきらめきれない選手が、ちょっとケガの細工をすれば、100万の現ナマを手にでき、ツアーを継続できるかもしれないとなれば、誘惑に負ける、という状況は想像できないことではない。

 これはプロスポーツの構造的な問題なのだろう。裾野の広がりがあるから、頂点が成り立つ、という認識に欠けているのではないか。
 個人競技なので、選手会みたいなものも存在していないのだろう。とにかく選手の待遇は、スポンサーに左右されていて、協会や連盟がこのピラミッド構造を支える役割を果たしていない。そこが問題なのだ。

 頂点に立つのが夢だとしても、その頂点を目指せる選手は一握りにも満たない。目指せる選手をスポンサーが見つけ、支援し育てる。テレビで放映されれば、選手の商品価値は格段に上昇する。
 試合に出場する時点で、大きなハンディが付いてしまう。勝てる選手と勝てない選手は峻別されていく。相対的に強いところはますます強く、弱いところは更に弱くなる。

 経済でもトリクルダウンが起きないように、競技の世界ではトリクルダウンなんかは起こりっこないのだから、ここを構造的に支える何がしかの仕掛けが必要なのだと思う。(続く・・・かな~)



         4月6日(水)  テニスよ、お前もか! 

 1ヶ月、メモをサボっってしまった。この間に季節は廻った。連休も含めて大会もたくさん有り、すでに桜の季節も終わりを告げようとしている。
 前の畑の桜が散りコートにたくさん舞い降りてきた。きれいな桜吹雪だ。骨折していたお二人も復帰された。
 テニスにはもってこいの穏やかな季節になっている。 この最高の季節はすぐに終わるが、今はこの絶好の季節を存分に楽しもうと思う。

 この前の、パリバオープンに引き続き、マイアミオープンのライブの映像が夜中~明け方にあった。不思議と開始時間頃に目が覚めて、ずっと見てしまった。頭は朦朧としていて、テニスに集中できていない。
 錦織がファイナルまで進み、健闘したが、ジョコの強さを再確認させられたファイナルでもあった。でも、あと一息であることは間違いない。

 さてさて、熱戦が続くテニスだが、ダーティーな部分も顕在化した。
 ごく最近ではシャラポワのドーピング問題も浮上し、この前の賭博問題に続き、この分野でも、他のスポーツと違いない、というよりは、相当ひどいことになっていることがはっきりしてきた。
 割とクリーンなイメージのあったテニスが、実は賭博の温床であり、ドーピングもかなり日常的であり、狙い撃ちに遭う選手もいるらしい、ということも明らかになってきた。

 そもそもドーピング検査は、かなり人権侵害と思える部分がある。なぜ、選手はこの状況に物申さないのだろうか? 
 一般社会でこのようなドーピング検査が行われれば、セクハラどころではない、猛反発を受けるだろう。しかし、これが必要だ、と選手自身が言わなければならないほど、ドーピングが身近に感じられているのだろう。
 ドーピングが日常化するほど、スポーツ界は欺瞞に満ちた世界になってしまったのだろうか?

 マラソンの選手選考でも問題になったが、これもグローバル化と商業化の成れの果てなのだろうか?
 あまり問題が整理できていないし、折角の熱戦に水を差すようだが、今日のプロ・アマオープンスポーツの本質的な問題なので、少し丁寧に見ていく必要があると思う。(続く)

 


                         2016年 3月  

     3月6日(日)  ケチってるわけでは・・・

 
今日はスポーツ祭市予選、予報よりはいい天候で、まずまずだったと思う。これまでは、大会運営があると、前日の遅くまで準備し、翌朝は随分早起きしてファイナルに寄り、ペットの世話をして、運営に向かわなければならなかった。
 それがなくなったので、ありがたいことに随分楽ちんである。その分、代わりの運営スタッフの人たちには、ご苦労願うことになるが・・・。
 ペットもいない、運営もないと、本当に憑き物が落ちたように身軽に感じ快適だ。


 さて、話は変わるが、以前、水道を閉め忘れて、出しっぱなし状態で帰宅し、水道使用量が格段に増えたことがある。「漏れていないか検査に来る」と局の人から電話が来た。
 「申し訳ありません、閉め忘れた日があったので・・・」と言うと、「いや、料金はお客様から頂きますので、謝らなくてもいいですよ」と言われた。

 こちらは、折角、飲めるほどきれいにしてもらった水を、台無しにしてしまったことを詫びたので、もちろん料金が発生することは常識だ。そういう受けとられ方をされたのは、とても残念だった。
  
 同じことだが、クラブの電気についても言える。電気もできるだけ節約している。夜間に照明を煌々と点けて、まぁ、言わば遊びに興じているのが、やはり「申し訳ない」気がするのだ。

 本来なら、お客さん商売なので、人がいてもいなくても、ある程度は明るくしておくのが常識なのだと思う。しかし、やはり、無駄なものは無駄なのだ。いらぬ見栄をはらず、節約できるエネルギーは節約する方がいいに違いない。
 多分、クラブのメンバーの方々は賢明なので、ケチっているのではない、ということを理解していただけていると思う。

 生目の杜コートにすべて照明が付いたので、営業的にはナイターは厳しくなっている。けれど、ここの照明は水銀灯で、生目の杜はLEDなので、ここの方が数倍のエネルギーを消費している。
 申しわけない事だが、いたし方ない。だから、できるだけお天道様のエネルギーにお願いして、夜はほどほどに、あまり頑張らない方がいいのかな、と思っている。(続く)


    
    
3月4日(金)  あまりにもバカバカしい・・・


 この数年、図書館勤務の長かった、本の虫ともいうべき東京時代の友人から、何通もの便りをいただいてきた。
 彼がこの間、関心を持ってきた、数十冊に及ぶ読書の評論記録である。原発に関するものも含め、経済問題、憲法問題、安保問題など、内容は多岐に亘っている。


 引用も多いので、本の内容がかいつまんで分かる仕組みになっている。彼の友人、およびその周辺の数人のために書かれている彼のライフワークのようなものだ。
 おかげで、僕は原本を買わず、読まず、彼の眼を通したこれらの本の内容を、かいつまんで知りえている。僕にとってはありがたいボランティアさまだが、彼にとっては孤独なライフワークであろう。
 ただ、単純な頭には理解できないところばかりで、「そんなに早くボケるんじゃねえ」 という、僕らに対する懸命の叱咤激励と受け止めている。ちょっとシンドイが・・・。


 以上のような事情もあり、これらの問題に向き合わざるを得ない状況を作ってもらったお陰で、重い問題意識を抱え込んでしまった。
  安くなく、危険この上もない原発、それでもなぜ再稼働を強行し、原発をベースロード電源と位置づけたのか?それには、それ相当の理由があるに違いない」と、前回メモしているが、いろいろ理由はあるのだろう。

 思うに、原発から離れられないのは、一つには軍事的オプションを持っていたいということだろうと思う。
 原発は数%の濃縮ウランをエネルギー源としているが、これを90%以上に濃縮できれば、原爆はわりに簡単に作れるらしい。原発があるということは、原爆を作れる可能性が高い、ということで抑止力として働く、という見方。
 二つ目は、原発は稼働させていなくても、莫大な金食い虫なので、少しでも稼がせよう、ということ。
 三つ目は、輸出産業として外貨を稼ごうという大企業の思惑があること、などなど・・かな? まだまだ他に外交的な理由などもあるのだろう・・・。

 福島原発の事故処理にはすでに1兆以上の金がつぎ込まれているが、今後、どれだけの期間がかかり、どれだけの費用が掛かるかは、誰にも分からない。
 原発は停止しても金食い虫、廃炉には何兆もの大金と多分、およそ100年の年月がかかり、廃炉に伴う最終処理には何万年という想像できない時間を要し、その費用は見積ることすらできない。

 福島についていえば、コミュニティを破壊してしまった罪も大きいし、後々までのこる放射能の影響は想像もできない。これらの責任はだれにも負えないし、代々の人類の子孫たちが背負うことになる。
 単純に経済的に考えても、絶対にバカバカしい代物だ。きりがないのでこの辺で・・・。(いつかは続きを・・・)


             2016年 2月

   2月28日(日) アベノミスク(アンダーコントロールとは)

 
もう、何回も再放送されているので、多くの方々がご覧になっていると思うが、昨日(27日)もまた、再放送があったので見てしまった。
 映像は何度見ても迫力がある。
NHKBS放送「福島原発の廃炉の記録」である。ほとんどの人と同様、ど素人の僕にはよく理解できないけれど、自分なりにこの原発問題の意見を持っていたいと思い、考えてはいる。けれど、やはり難しい。

 事故で核燃料が暴走した際、溶け落ちた燃料のデブリ(屑とでもいうのだろうか?)が、燃料格納庫の底、あるいはもっと下の方に相当量残っているらしい。200トンくらいはあるという。

 
専用に研究開発されたロボットが投入され、ある程度は内部の状況は分かってきているが、肝心のこのデブリが、どこに行ってしまったのか、全く分かっていないのが現状だ。

 アベさんはオリンピック誘致の際に、事故を起こした原発周辺は、完全にコントロールされている、とウソを言った。
 この人にとって、オリンピックは原発事故より大事なものなのだ。それを失いたくないので、あり得ないウソをついたのだと思う。

 ウランは原子核に中性子がぶっつかれば、暴走し、核分裂が連鎖していくという。放置すれば、たちまち暴走し、爆発するのだ。もうすでにその兆候が何度も現れているという。

 福島原発は未だにデブリがどこまで突き抜けているかさえつかめていないという。このデブリはどこにあるのか?もしメルトダウンして地下に達していれば、地下水と反応して水蒸気爆発を引き起こす。
 最悪の場合、日本は完全に崩壊し、先ず、アジア全域もダメだろうといわれている。少なくともその影響は地球全体に及ぶ。
 このような危険な状況を全く無視して、次々に再稼働することが、許されるのだろうか。


 ドイツはチェルノブイリ事故以降、自然エネルギーに切り替えていき、歴史上、最も深刻な福島原発事故以降、この流れは決定的に加速された。ただし、今のところコストは高くついているらしいが、それでも、この選択をした。

 電力コストの計算は、いろいろなファクターをどのように算入するかによって、大きく異なるので、それぞれが我田引水の計算をしている感が強い。
 福島原発の事故処理のコストを、すべて電気料金に反映させれば、莫大な料金になるはずだ。

 アメリカのある試算では、2010年には、原発のコストが、ソーラーのコストを超え、逆転して、さらに開いている、ともいう。自然破壊も気にはなるが、原発事故の悲惨さに比べれば、比較すらできないほど、その差は歴然としている。

 世界には400基程度の原発があるというが その1割以上の54基が日本にあるという。アメリカ、フランスに次いで、世界第3位の原発大国なのだ。

 安くはなく、危険この上もない原発、それでも再稼働を強行し、なぜ原発をベースロード電源と位置づけたのか?

 それには、それ相当の理由があるに違いない。それをメモし、自分の意見をメモするには、まだまだ勉強が必要で、頭の悪さと勉強嫌いと、老化には、ほとほと手をやいております。
 
 (続く・・・いつ続きをメモれるかなぁ・・・、僕の思い違いや、記憶違いや、そもそもの間違いや、理解力欠如や、いろいろあると思います。もしお会いする機会があり、ご指導、ご教授願えれば幸いです)


 


       2月23日(月)  春は近し、されど・・・

 しばらくメモ休みしました。暖かかったり寒かったり、雨が降ったり風が強かったり・・・気ままなお天気が続きますが、先日、まるで図鑑から飛び出したような、本当にきれいなウグイス色をした立派な鶯が、クラブハウス玄関前の木に泊まっていました。
 春は静かに忍び寄っていますね。小さな子供たちも荒れるボールに手を焼きながらも、一生懸命食らいついています。僕が考えるほど軟ではないようです。Gももっと鍛えなくては、ついていけなくなりそう。頼もしい限りです。


 練習会で先月手首(多分、尺骨)骨折のHさんは、ギブスが取れ、リハビリ中とのことで、もう少し暖かくなれば復帰されると思います。
 会員のNさんも足親指の種子骨を疲労骨折され、こちらもしばらくお休みになりそうです。寒暖差が激しく、風邪やインフルも多い。十分に休養し、体を温めてから、テニスに取り掛かりましょう! 

 強風といえば、昨年の暮あたりから、大き目の綿毛がコートに大量に舞い降りていた。一つ手に取って風に任せると、飛ぶ飛ぶ、たちまち奥の杉木立の遥か上を超えていく。
 何日も続いていたので、どこから飛んでくるのかな?と思っていたが、あそこしかない。数百メートル先で開発されているメガソーラーの工事現場だ。

 100M級で九州最大らしい。折角の自然エネルギーだが、一面を禿山にしてしまった。おまけにその禿山の斜面はコンクリートのカバーが施されていく。木々に支えられていた水の流れはどうなっていくのだろうか? 
 20年後、30年後、老朽化したり、エネルギー事情が変わったりした時、どういう結末になるのだろうか?誰が最後の責任を全うするのだろうか?
 できれば生き永らえて見届けたいと思う。

 トンビやタカなどもよく飛来して、コートの上を悠然と飛んでいる。林が伐採されたので、追い出された小動物を目掛けて集まってくるらしい。自然環境は著しく破壊されていく。

 20日間もメモサボりをしていたので、穴埋めにちょっとだけ・・・と思ったが、書き始めるとなかなか饒舌になり、いろいろあるね・・・ソーラーがダメなら原発頼みか?・・・いやいや、安全神話は壊滅し、この先永劫と思えるほどの悪影響が残る。
 原子力村なるおかしな利権集団のこともあるし、ウランとプルトニュームを使う原発は、放射性廃棄物のことも含めて、まだ人間がコントロールできない代物だということも分かった。自然災害大国の日本には絶対に向いていないエネルギーだと思う。


 原子力事故にはレベル0からレベル7までの8段階が想定されているけれど、レベル4未満の事故は原発事故としては発表されないという。
 日本でも世界中でも、レベル4未満の事故は本当にたくさん起きていて、大事故につながらないとは言い切れない。
 旧ソ連のウクライナはチェルノブイリ事故(最も深刻な事故:レベル7)を経験したにも関わらず、ソ連、ウクライナは未だに原発を開発し、輸出している。
 スリーマイル島原発事故(過酷な事故:レベル5)を経験したアメリカは以後、新規の原発は開発していないという。
 福島の原発事故(最も深刻な事故:レベル7)を経験した我が日本は、すでに再稼働を始めているばかりか、原発を重要なベースロード電源と決めて、続々と再稼働させるつもりらしい。そればかりか、輸出産業として期待までしている。


 みなさん既にご存じとは思いますが、20年近く前に亡くなられた平井憲夫さんの古典ともいうべき著作にもう一度、目を通してみてください。
 再稼働した鹿児島の川内原発も半数近くは素人だという。もし事故が起きれば、宮崎も多大な被害に遭うでしょう。かなりメチャクチャな村だな、と思わずにはいられません。(続く)
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html


      2月2日(火)  ついでにもう少しゲーテメモ

  「生まれてからずっと、世界は自分に影響を与え続けている。だから独創性ということに対する一種の幻想はやめたまえ。」
 エンブレムなどで話題になりましたが、本当に全くのオリジナルなものってあるのかな? 

 「真理と誤りが同一の源泉から発するのは、不思議であるが、確かである。それゆえ、誤りをぞんざいにしてはならぬことが多い。それは同時に真理に傷をつけるからである。」

 
マスコミやネットなどで、まるでリンチのように叩かれている人には、それにもめげず、次の自身の行動にとり掛かることを勧めている。行動あるのみ・・・
 
 「不正なことが不正な方法で除かれるよりは、不正が行われているほうがまだいい。」
 独裁で何人も殺されている、といって、戦争を起こし、その何百倍の殺人を犯してしまう人たちには、考えてほしい言葉だな。

 恋愛論の続きとしては・・・
 「二十代の恋は幻想である。三十代の恋は浮気である。人は四十歳に達して、初めて真のプラトニックな恋愛を知る。」

 アインシュタインに
 
「人が恋に落ちるのは、重力の責任ではない。」というのがある。
 英語でも「
fall in love」と言うから、確かに落ちるんだ・・・。
 大昔、僕は初恋無重力論?を唱えていた。「好きな人に重力を感じなければ、それはいつでも初恋である」、なんてね。
 ゲーテも言っているように、それは幻想であるから、人間ではなく妖精か天使かなのである。だから重力を感じないのだ。

 ところが、現実は生身の人間であるから、相当の重力があり、その上、結婚とかになると、友人、親、兄弟、親戚などなどの重圧、いや重力をいっぺんに背負うことになる。これが文字通り「憂き世」(浮世)である。

 さて、折角の機会だから、ゲーテ以外の思わず笑ってしまう名言もメモしておこう・・・
  「恋。普通の娘を女神と間違うこと。」(メンケン)
 「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。」(リヒテンベルグ)
 「人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する。」(アルマン・サラクルー)
  「君がよい妻を持てば幸福になるだろうし、悪い妻を持てば哲学者になれる。」(ソクラテス)


  3大悪妻と言われたのは、ソクラテス、モーツアルト、トルストイの妻だが、ホントのところは、分からない。
 日本の文豪、鴎外、漱石、藤村などの妻も悪妻と言われたが、こういう天才肌の男は、往々にして生活を顧みず、好き勝手な生き方をしており、日常に縛られた女性は悪妻にならざるを得なかった、というのが、多分、本当のところだろう。


 本当に笑ってしまうこんなのもメモ! ただし、先のもこれらも僕とは全く無縁のことですから、念のため・・・クワバラクワバラ・・・
  「結婚をしばしば宝くじにたとえるが、それは誤りだ。 宝くじなら当たることもあるのだから。」(バーナード・ショウ)
 「結婚するとき、私は女房を食べてしまいたいほど可愛いと思った。今考えると、あのとき食べておけばよかった。」(アーサー・ゴッドフリー)

 最後にちょっと納得ものも・・・
  「カップルが幸せになるケースはごく少ない。情熱の荒々しい炎が燃えつきてしまう前に、愛着というおだやかな火をなんとか焚きつけることができた場合だけだ。」(ジェローム)

  以上、完結!!


     2月1日(月)  もうちょっとゲーテ

 もう2月か、ほんとに早い。ちょっと暖かくなったかと思ったら、また寒さが戻ってきた。寒暖の差が目まぐるしく、インフルエンザも流行の兆し。体を鍛えつつ、注意して過ごすことにしよう。

 さて、ゲーテは先月でケリを付けると書いているが、もう少し、生活上の知恵を、名言集からメモしておこうと思う。
 ゲーテは繰り返し、日ごろの行動を大事にしなさい、ということを言っている。以下抜粋・・・

  「いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。その一歩一歩が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならないよ。」

 「何をなすべきか、いかになすべきか、をのみ考えていたら、何もしないうちにどれだけ多くの歳月がたってしまうことだろう。」 

 
「発言し、活動しなければならない。多数派に属するか、少数派に属するかはまったくどうでもいいことだ。」

 「とにかく、とりかかれば心が燃え上がるし、続けていれば仕事は完成する。」

 「気分がどうのこうのといって、何になりますか。ぐずぐずしている人間に気分なんか湧きはしません。今日できないようなら、明日も駄目です。一日だって、無駄に過ごしてはいけません。」


 こうやって、毎日毎日を充実させて、創作に打ち込んでいたのかな・・・
 老いた僕には、こんな励ましもあるよ。
 
 年をとるということが既に、新しい仕事につくことなのだ。すべての事情は変わって行く。我々は活動することを全然やめるか、進んで自覚をもって、新しい役割を引き受けるか、どちらかを選ぶほかない。」

  「まだ日が暮れない。働くのだ、飽くことなく。そのうち誰も働くことのできない死が来るのだから。」

  
僕はこれから73という仕事と役割を喜んで引く受けることにしよう。
 

         
           2016年 1月

    1月31日(日)  ゲーテはあまりにも多岐多彩

 ゲーテは本当に多才だった。詩人、小説家、劇作家という文豪としてだけでなく、自然科学の方でも一流の学者だったらしい。植物学や鉱物学の研究でも成果を上げている。
 色彩論などは現代の心理学でも注目を浴びているらしいし、そればかりか、ワイマール憲法で有名なワイマール(ヴァイマル公国)の宰相にもなっている。国の首相みたいなものだが、小さな公国なので、まぁ、薩摩藩のご家老とでもいうところだろうか。


 
彼の恋愛遍歴も多岐に亘っている。56くらいの時、20年連れ添ってきた女性を入籍し、ただ一度の結婚をしている。
 この女性は就職の世話を頼まれたのがきっかけで、生活を共にしていたが、彼の危機を救ってくれたのを契機に、入籍。
 しかし、その1年後くらいにはまた、17くらいの娘に恋をしている。ただし、昨日書いた73歳の時の話は、妻の死後、10年くらい経ってからの話だ。   そして、その10年後くらいに亡くなっている。ロリコンかと思いきや、年上の淑女にも、人妻にも・・・こちらも多彩である。これが200年くらい昔の話である。無論、まだ江戸時代である。

 詩人としては、モーツアルト、ベートーベン、シューベルトなど、たくさんの作曲家が彼の詩を音楽にしている。
 シューベルトは600曲くらいの歌曲を作っていて、そのうちの70曲がゲーテの作詞だという。「野中のばら」はよく親しまれているが、「魔王」もそうだ。

 一人の人間のどこにそんなエネルギーがあるのであろうか?
 もともとは、父の勧めで法律を学び、裁判所勤めもしているが、こちらは一向にうだつがあがらず、そんな最中にも夢中で詩作をしたり、好き勝手に好きなことをしていたんだね。
 好きなことに夢中で取り組む、これがエネルギーの根源かな。見習いたいが・・・、もともと好き勝手だけはやっているので・・・何ともはや・・・。(ゲーテの話は尽きないので、1月中にケリをつけることにしよう)


      1月29日(金)  また一つGさんに(ゲーテの恋)

 ちょっと政治づいてしまったので、ここらで少し方向転換。
 5~6年前に、「ゲーテの恋」というドイツ映画が上映された。僕は見ていないが、「若きウェルテルの悩み」をもとに作られたという。原作とは登場人物や設定などがかなり違っていたらしいが、概ね好評だったようだ。

 今日、なぜゲーテかというと、かなり前に、73歳のゲーテの恋を知って、「俺の73歳はどうなんだろう?」と、ちょっと興味深く思えて、その歳になったら、検証してやろう、などと思った記憶がうっすらとあるからだ。
 73といえば、相当なGさんだと思っていた。
 今日その73になった。

 73といえば、昨年10月末に、宮崎駅前の歩道を車で700mも走って、大事故を起こした鹿児島の人がいた。
 男の平均健康寿命は71歳くらいらしい。確かにこのくらいで体も頭も弱り、事件の加害者や被害者になる人が多くなるようだ。

 僕の方は、あちこち痛いと自慢しながら、曲がりなりにもテニスとやらができているので、元気で幸せな方だろう。もしあるとしたら、天国もこんなものかもかもしれない。

 さて、僕の中でゲーテは、「若きウェルテルの悩み」で始まり、生涯を賭けた大作「ファウスト」で終わった偉大なる文豪である。
 ファウストはあまりにも大作で、当時の僕にはさっぱり興味が湧かず、途中で投げ出している。この辛抱できない短気な性格と単純な頭は、死んでも治らないだろう。
 とっくにあきらめてはいるが、今頃なら、彼が若いころから取り掛かり、死ぬまで編み続けたこの本の意図が、少しはくみ取れるかもしれない・・と思いつつも、もっと短気になり、もっと弱った頭では、やっぱり無理か・・・と思ってしまうのである。

 
 73のゲーテはなんと18歳の娘さんに恋をして、プロポーズまでしているのだ。さすがに家族や親戚の反対で、やはり成就はしなかったが、娘さんの方は、その後、誰とも結婚せずに、彼に貰ったネックレス?を後生大事にしていたという。
 なんとも罪作りなGさんではあるが、「若き・・・」でも分かるように、彼は学生時代からずっと真剣に恋をし続けた人で、一生涯恋とともにあったといってもいいくらいだ。それがこの人の活力の源だったようだ。

 なにせ、この言葉の魔術師にかかれば、たいていの女性はコロッといかれてしまうのかもしれないな。
 先述の映画の中でも、恋敵ともいうべき娘の上司のために、誰に送るか知らない恋文を作ってあげて、その恋文が功を奏したのか、娘さんは上司と婚約をしてしまうのだ。

 ゲーテは多方面にわたる天才なので、この話は多分、長くなりそうだ。そこで、今日のところは、この辺で勘弁してやろう・・・

 昨夜からの雨が朝から続いている。今日10時からの練習会は、どなたも見えないだろうと思い、ちょっと寄り道したら、4分の遅刻。入り口のロープは外され、どなたか見えた形跡がある。でも後の祭り。姿はなかった。

  本当に申し訳ありませんでした(喝!)。その後も雨は降り続き、練習は中止になってはいたと思うが、勝手に判断してはダメ、73の初しくじり。(続く)


   1月26日(火) みんなで幸福にはなれないのか?

 「幸福」といえば、かなり前、僕が確か学生の頃、「幸福」という映画を見た。この頃は、学校と下宿の途中にある3本立てで100円という映画館があって、古い名画を常時上映していた。看板が変わるたびに、足繁く通ったものだ。

 この映画はフランスの女性監督によるもので、映画自体は、途中を飛ばしたのではないか、と思うほどに、僕にはつまらなく思えた代物だったが、情景の美しさと、情景にマッチした音楽が素晴らしかったので記憶に残っている。
 後で分かったのだけれど、モーツアルトのクラリネット5重奏曲だ。今でもたまに聞き、飽きることはない。

 「幸福」といえば、また、ラッセルをはじめ、たくさんの「幸福論」が書かれている。多くを読んだわけではないが、書いた人達は、概ね経済的には大変恵まれた人達で、その上での倫理的、宗教的、道徳的、世俗的幸福論なのだ。
 それを思うと、まず、幸福論が語り合えるような、衣食住が最低限必要で、それをどうにかしようという社会的視点は希薄な気がする。要するに、幸福は個人的なものとして語られているのだ。


 1月17日に国家yakuza論をメモっている。yakuzaとは言えないが、ちょっと近いところの的屋さんに「寅さん」がいる。どうせyakuzaになるくらいなら、隅っこで、暴力沙汰とは関係ない「フーテンの寅さん」を演じたい。寅さんなら、ちょっとしたいざこざを、中に立って執り成すことができるかもしれない。

 もともとかってのyakuzaは、組同士の抗争はあったけれど、庶民に暴力をふるうことは滅多になかったという。今の国家は、庶民はおろか子供たちにも容赦なく、無差別に攻撃し誤爆する? 
 マネーのためなら、庶民の命は虫けら同然だ。これが国を易々と超えていくグローバル化の一面でもあるのだろうか・・・


 
僕が東京で就職した時、初任給はほぼ2万程度であった。もちろん、生活水準は現在と比ぶべくもないが、それでも不思議なことに、あの東京で生活できていたのだ。
 今、この金額では、車の寝場所さえ確保できないだろう。もちろん、車はおろか、テレビも洗濯機もなかったけどね。それでも戦後のある時期に比べれば、とても贅沢で、自由な生活を楽しんでいたのは間違いない。

 その後、日本の右肩上がりの成長とやらのおかげか、給与は倍、倍と増えていき、こんなに貰ってもいいのかな?と思ったりした時期もあったが、それでも生活が豊かになったとは思えなかった。

 欲望には限りがなく、充足感は相対的なものだから、現在の富の偏在と貧困を、どうしたら解決できるのか、懸命に考えなければ・・・。
 世界のこと、世界の中の日本の立ち位置、それに、まず国内の、階層化してしまった大きな格差、この問題をどう考えていけばいいのだろうか?



    月25日(月)  中東問題は難し過ぎる 

 昨日はこのコートにも雪が舞ったし、今日は更に冷え込む、という予報だったので、覚悟して出かけたが、それほどでもなかった。しかし、自慢じゃないが、予想通り開店休業状態である。

 それにしても錦織は強い。チャンピオンへのチャレンジが楽しみだ。勢いで、錦織に賭けた!と言いたいが、テニスをギャンブルの対象にしてはイカン。ましてや八百長などもってのほか、絶対にアカン。

 今度の問題は、プロテニス界の矛盾を曝け出した。噂によると、テニスの競技プロは9,000人。その4割の選手は1ポンドの賞金も手にしていないという。
 一方で何十億の収入を得る選手もいる。100万あげます、と言われて飛びつく選手が出てくるのも頷ける。これが夢と現の現実か・・・。


 昨日のメモを読み返すと、パキスタンとアフガニスタンから始まっているから、中東の問題が中心にあったのだけれど、この問題をあまりにも単純化していて、漫画家にも叱られそうだし、自分でもアカンな、と思った。

 政治的、軍事的、経済的にコントロールしようと、大国が介入し、自分の都合で投げ出していったことが、一番の問題だとは思うが、やはり宗教、民族などの歴史的な根深い対立も無視はできない。
 ただし、こういう対立も、煽られて作り出されたものもあるというのだから厄介だ。本当に中東の問題は複雑に動いていて、僕の頭の限界を超えて、手に負えないのだが、それでも理解しようとする努力をあきらめてはいけないと思っている。

 1月5日に、世界地図のことをメモっている。日本の世界地図は、太平洋が中心で、日本はほぼ真ん中にある。しかし、欧米の世界地図は大西洋が中心で、日本は文字通りFarEast(遥か東、極東)の東の端っこに、申し訳なさそうに、ちょこんと位置している。
 こちらの地図の方が世界標準地図ということで、欧米の日本に対する認識はこちらの方だろう。僕はこの地図の方がいい。中央にどんと座らなくても、世界の隅っこで、細々と生きさせてもらえばいい。


 


        1月24日(日)  グローバル化?

 市内では8年ぶりくらいの雪。風も冷たいが、Jr諸君は元気だ。よってGは鍛えられます。

 
さて、今朝のニュースでも、また、パキスタンとアフガニスタンでテロがあったと報じていた。もう日常化していて、驚きもしなくなった。
 グローバル化というと、言葉上では結構なことに聞こえるが、僕らが英雄として教えられたコロンブスやマゼランの時代から、あるいはもっとずっと以前から、グローバル化とは、世界規模の侵略と収奪だったということだ。

 今のグローバル化もこれと無縁ではないように思える。強国による経済的覇権ということ。この経済と結びついた軍事的覇権の行使が、今日の中東の混乱の導火線だ。
 いろいろ複雑な背景はあるだろうが、アホな僕はうんと簡略化してくれないと理解不能なので、そうしている。間違っていたら直せばいい。別に誰にも影響は与えないし、自分の漫画を描いているに過ぎないのだから・・・。
今日の混乱はまるで世紀末の様相を呈しているように見える。そして、結果として、テロのグローバル化が進行している。思うに、国家も宗教も民族も関係ない。
 富の偏在と貧困がテロの温床なのだ。これをそれこそグローバルに解決しなければ、テロはなくならない。

 この役割を日本が少しでも担えれば、僕はこの国を誇りに思うのだが…。現実はまるで逆で、テロのグローバル化に加担していく方向だ。現在の日本の政治、経済、軍事などの進行の先には、テロのグローバル化に飲み込まれてしまう状況が待ち甘えている、と考えても不思議ではないように思える。(続く)


 


     121日(木)   悪法は誰が決める

 風はないが、気温は低い。これから25日(月曜)にかけて、マイナス4℃まで下がる予想だ。ちょっと覚悟がいるな。

 日の出がけに、Kaさんに、「年賀状の抽選を見ておいてあげるから、賀状を置いておいて」と、言われて、ありがたく「頼みます」とお願いしたが、「これ出してないよ」と言われ、見てみると、3枚の出し忘れがある。
 ちゃんと宛名もご挨拶も書いてある。県内1名、県外2名。言い訳を添えて出すつもりで、家を出たが、また出し忘れ。これが今年の「フォルト初め」。


 いろいろ考えた末、不義理を決め込むことにした。万が一、これをご覧になっていたら、以上のような次第です。なにとぞご容赦のほど・・・。一番の原因はGGになったせいです。(因みにKaさんとは、母さんのKaではなく、名前の頭文字である)。

 (つづき)を書く予定が、横道に逸れた。ちょっとでも続けなくては・・・。

 当時の裁判官は、今のようには厚遇されてなくて、きわめて低い給料だったらしい。それは考慮に入れておく必要がある。山口良忠の場合は、裁判官という特殊な立場なので、一般化は難しいが、個人か法律か?という問題に、どう対応するか。

 僕の場合は、「個人」と即答する。が、個人といっても、別のことを主張する個人がいて、いつの時代も「個人」と「個人」が対立する場合、個人、個人の利害をどう調整し、克服するか?という難題に突き当たる。この大問題は今日のところは置いておいて・・・

 山口良忠のことで、すぐ思い起こされるのが、古代ギリシャの巨人ソクラテス。「悪法も法なり」といって毒杯を飲んだとされる件、だが、これは、教科書に載った、真っ赤なウソだという。
 悪法には従うな、というのが彼の主張で、彼は自分の信念に従って処刑されたという。

 教科書は庶民の法律への忠誠を誓わせるために、この巨人を利用したらしい。それにしても、悪法によって利益を得る人たちにとっては、これは良法である。これが悪法だと思うのは、まさにそれに拘束される個人、個人である。

 「悪法には従うな」、これはガンジーの無抵抗主義の中心でもある。つまり、自分の信念、志に根差して、悪法には立ち向かえ、ということだ。しかし、個人でどう立ち向かうのか?それこそが一人ひとりに課せられた、懸命の課題なのだろう。



    1月20日(水)  ヤミイチ・ヤミゴメ・ナマゴロシ

 17日のメモに「戦後のあのお米すら食べられなかった時代から比べれば・・・」と書いたが、それで思い出したことがある。

 子供の頃、何度も聞かされた話だ。当時、食糧管理法(食管法:この法律自身は20年くらい前まで、形だけは存在していたと思う)というのがあって、お米は政府によって、厳しく管理されていた。

 家庭には米穀通帳が置かれ、それを持って米屋に行き、わずかばかりの米を手に入れてくる。それ以外の流通は闇米で違法、見つかれば罪人だ。しかし、多くの庶民は、闇市などで、何とかしてお米を手に入れて、かろうじて命を維持していたのだ。

 話というのは、この食管法で裁く側の判事の話だ。あまりにも有名な話だったから、ある程度の年配の方は、たいていは知っていると思うけれど、多分、今では死話だ。

 我が家のような市井の民は、法の網をくぐり、田舎の親戚に頭を下げて、分けてもらっていた。もともと父の実家は農家で、そこから分けてもらうのも違法なのだ。
 母はバスで、兄は自転車で運んだらしい。警官が目を光らせ、もちろん見つかればしょっ引かれる。でも多分、そのしょっ引いていく警官も、闇米で命をつないでいたはずだ。

 この話は、賛否両論で、「お前ならどうした?」と、よく話題になったものだ。命をつなぐ最も基本的な食糧のお米ですら、この状況だったのだから、他は推して知るべし、である。これが戦争というものの一面の実態なのだ。(続く)



    1月18日(月)   たかがテニス・・・

 強風、一時みぞれ交じりの雨。気温は低くないので室内は寒くはないが、外は体感温度が厳しい。

 さて、朝の錦織を見た。相手との相性もあるだろうが、絶好調だった。好調時の錦織のテニスは見ていて楽しい。どうしてもナショナリストになってしまう。

 完勝を見届けてクラブに、・・・今年の手帳がまだだったのを思い出し、途中の書店へ。この時期、さすがに品数もなく、欲しいタイプのものはなくなっていたが、こだわりがあるわけでもないので、適当、に決めてカウンターに・・・清算しようと思ったら、カウンターの下に子猫。

 実は小さな10cm角ほどのカレンダーに写っている猫。ちょっとユーマに似ている。薄情な僕は、喪失感で心にぽっかり穴は空いているものの、一方では憑き物が落ちたような、身軽な気持ちにもなっていたのだ。
 やっぱり俺には動物を飼う資格はないんだ、と。そこにコレだよ。買わないわけないよね。今、僕のノート
PCの横にいる。ちょっとうれしい。


 さて、そうやってニュースを眺めていると、テニスのメジャー大会での八百長疑惑。真偽のほどは分からないが、やっぱりそうなのか・・・。大金が絡むプロ化ということは、こういう事態も含んでいるわけだ。

 相撲も野球も八百長問題があったな。FIFAIOCも金まみれ。
ドーピングもあとを絶たない。JOCでは競技場問題、エンブレム問題など、すべて巨大な利権の絡む問題だな。

 オリンピックもメダルの話ばっかり。
 目標はメダルいくつ・・・ということで、国もスポンサー企業も報道機関も競技団体も目の色を変える。冷静に考えるとバカバカしいが、その冷静さを持たせないような雰囲気に包まれる。

 あ~ぁ、錦織快勝でいい気分だったのになぁ。もう今日は続きを書く元気がない。されどオリンピックではあるが、たかがオリンピック。されどテニスではあるが、たかがテニスさ。



    1月17日(日)   人殺しだけは御免だ!

 今日は朝からポつりぽつり。風はないが寒い。中学生は木花で団体戦だし、シーガイアでミックスの団体戦もある。それでもコートはシングルス勢で埋まっていた。すごいエネルギーだな。
 僕は喉、肩、腰と3重苦だが、これは自業自得だから自慢してもしょうがない。そう思って、昨日は結構コート内でがんばってみた。それはそれで得るところも多い。このことについてのメモは後日の宿題にしておこう。


 昨日、少数派という言葉を使ったが、これは無論、数が少ないという意味ではない。弱者とかマイノリティに近いのかな。単に少数というだけなら、世界を牛耳ろうとしているのも多分、一握りの人間だ。

 今までもそうだが、北朝鮮については、良いことはまったく報道されない。いい国とは思わないが、いくら強権政治といっても、ある程度の支持がなければ国家は維持できないだろう。
 まったくの悪、というわけではないだろうが、悪の権化としてしか報道されない。今回の水爆実験で決定的になった。
 しかし、言うまでもなく、それを非難している大国はみんな水爆実験を行っているが、それはほとんど非難されない。

 国というのはyakuzaみたいなもんだな。大親分がいて親分が居てシマと子分を仕切っている。ぼくらはみんなしがない組員。親分も大親分には逆らえない。
 国会の答弁を聴いていて、同じことを何度も繰り返す答弁のところは、「大親分の命令だから・・・」と置き換えると合点が行くような気がしている。たまには大親分のせいにして、まんまと事を運んでしまう親分もいる。

 北朝鮮をみていると、一昔前の日本にそっくりだな、と思ってしまう。それを各国が競って制裁包囲網で締め上げる。かっての日本も、そうやって戦争に追い込まれた。
 そんなことは自明の理だから、ひょっとしたら、この状況を望んで、画策する少数派?がいるのではないか、とすら思ってしまう。

 市井の庶民は、戦争なんか望んでいないはずだ。にもかかわらず、これだけ戦争が後を絶たないのは、人間の性では片づけられない、この状況を意図する強力な何らかの力が絡み合って存在している、と想像してもおかしくはない、と思うのだが、どうだろう。

 このところ、政治がらみのメモが多くなっているけれど、戦争を知らない豊かな世代が多くなっているので、戦争と戦後の悲惨さを自分なりに伝えたいという気分があるのだと思う。

 「豊」と書いたが、戦後のあのお米すら食べられなかった時代から比べれば、今、最も貧しい人たちの生活すら、豊かといっても過言ではない。無論、贅沢言うな、という気はさらさらない。これだけの格差を見せつけられると、怒れ!と言いたくもなる。

 しかし、戦争になれば「欲しがりません、勝つまでは・・・」となって、有無を言わせず耐乏生活を強いられるのだから・・・。そして更に、殺すか殺されるかの状況を強いられる。
 人殺しが強要され、合法化され、日常化する。だから、この戦争というのが、一番避けて通らなければならない大問題なのだ。


 人間の欲望には限がなく、その欲望によって支配される。一人ひとりに突き付けられた大きな課題だと思うのだが・・・。


      1月15日(金)   ラジカルはラケットにも

  昨日の「ラジカル」で忘れていたことがある。肝心のテニス、ヘッドのラケットにラジカルシリーズがあった。
 こちらは多分、「過激」の意味かな? 多くのプレーヤーに愛されている名器だ。


 昨日のことでもう一つ。「ノンポリ」とか「ノンセクト」とか言っても、今の人には分からないよ、と言われた。
 それもそうだ。
non-sectarian(無党派の立場、人)non-political (政治に無関心な立場、人)程度の意味と思うが、あの時代背景の中で使われた意味は、ちょっと独特のものだったと思う。今となっては、ほとんど死語なのだろう。

 特にノンポリというのは、政治、とりわけ学生運動に関心がないわけではないが、この過激な波には乗ってこない、冷めた野郎、的な存在を指していたように思う。

 今日のノンポリはどうしても多数派に組み込まれてしまいがちだが、僕はどちらかというと、できれば少数派の立ち位置から、なるべく冷めた目で眺めていきたい、と思っている。(ノンポリが分からないのは、僕がAKBが分からなかったのと同じことだ。意味を知ったのは割と最近のことだ。)

 さて、年末ギリギリから始めた金曜練習会、すぐに正月休みとなり、今日が2日目。誰も来ないかも?と、思っていたが、4人、それでも最高人数、少しずつ定着していけばいいと思う。今日は曇りだけど風もなく、穏やかなテニス日和。

 火曜日は9人とまずまずだったが、終了間際にHMさんが転倒されて、左手首骨折だったとか・・・。練習熱心で、随分進歩されていたので、お気の毒で痛々しいが、早いご回復を願うばかりだ。



    1月14日(木)   晴、でも気分は曇天

 現在の僕たちが抱える大きな問題は、大きくは国際平和、とりわけ中東の問題、それに関連する安保と軍備、 基地、 その他TPP、 原発 、格差、 高齢化・少子化、 機密保護 等々、枚挙にいとまがない。

 いずれも国論を二分するような大問題で、デリケートな問題でもある。僕のようなノンポリ・ノンセクトには従うべき教条もなく、その都度、自分の判断を形成しなくてはならない。
 大変しんどい作業だけれども、議員の皆さんも、党派を離れ、原点に立ちも戻って、ラジカルな議論をお願いしたい。
 折しも議会開催中だが、ほとんどが、自分の主張の繰り返しで、発展する気配は全くない不毛で高価な時間帯だ。お付き合いも時間の無駄?と思ってしまい、ほとんど聞かない。


 おっと、ラジカルなんて古い言葉が出たよ。学生運動が盛んだった世代では、ノンセクトラジカルという言葉が流行り、そのような学生もたくさんいたが、僕はそこにも違和感を覚え、ただ右往左往した人間だ。

 ラジカルというのは、本来は科学用語で、電子を奇数持つ原子で、対で安定を保つ性質のある電子が、対を持たないため、非常に不安定で、過激な?活動をして安定を得ようとする、そのような原子をいうらしい。

 化学方面の人には常識らしいが、僕の理解できるのはこの範囲まで。違っている可能性も高い・・・。過激、極端、つまり根っこの方に極端に行くと根源的、根本的となるのかな?
 僕が使ったラジカルというのは、この根本的という意味に近い。そもそもラジカルという言葉一つに、こんなに引っかかってしまうのは、ラジカルだから・・・ということにしておこう。


 議員の皆さんも、各問題ごとに、党派を超えてプロジェクトを組み、個人の意見を自由に発言してほしいと思う。ただし、僕自身は、誰かと議論したりは苦手だし、つもりもない。ゆっくりのんびりマイペースで考えたい方だから。

 そういう意味で、国会や国民やマスコミから異端視されているような人に、僕はとても興味がある。彼らには、根っこのところで問題を考えている誠実さを感じるから。


     1月12日(月)   カウンターショット

  去年の暮だったと思うが、車でラジオを聴いていたら、「いじめ」撃退法を女性が語っていた。

 相手が「臭い」といったら「お前がね」、相手が「バカ」といったら「お前がね」、「死ね」といったら「お前がね」。

 これはいい手だね。さすがに「お前がね」は強すぎるので、少し丁寧に「あんたがね」とか「君がね」とかにしたらいいと思う。
 自分は
「臭い」とか「死ね」とか一切言わず、相手に同じダメージを与えられる。

 さてさて、これと同様のことは至る所に転がっていて、よくよく考えると怖いことだ。何か偉そうなことを言ったとすると、「ところでお前はどうなんだ」と、カウンターショットがくる。
 このメモのようにほぼ実名が分かる状況だと、このカウンターは怖い。

 テニスのカウンターも似てるね。いいショットを打った、と思ったら、それを利用したすごいカウンターを食らう。ちょっと怯むね。天邪鬼とか老婆心とかで逃げをうちながらごまかすしかないか・・・。

 ブログを見ていて、これはかなり厳しいこと書いてあるな、誰が書いているのか?と思ってプロフィールをみると、ブランク、ということも多い。やはり、実名を名乗って、思いのたけの本音を晒すのは難しい。これができるのがプロかな?

 本当のところは、自分でもどこまでが本音で、どこからがカッコつけで、どこが迎合か、混ざり合っていて判然とはしないね。でもまぁ、混ぜこぜにしながら、ちょとずつメモっていくとしよう。


      1月10日(日)   沈黙は金ではあるが・・・ 

 
「なんで私の時は強い球を出すの? みんなと同じ易しい球にしてよ、 いじわるや~」と彼女がしかめっ面で言った。
 「君はこのくらい強い球でも大丈夫、と思って出してるんだよ、それだけ君を評価してるんだよ」と僕が答える。
 彼女はニコッとしてくれた。ジュニアの練習での一コマだ。

 僕はだいたい説明不足な性質(たち)だ。こんなことは当然分かってくれていると思ってしまうが、通じていないことが多い。やはり最小限の説明は丁寧にする必要があるな、と思った。

 僕らの子供時代、少なくとも宮崎では、「男はごちゃごちゃ屁理屈を言うな」という雰囲気があった。我が家で言われたことはないが、父もやはり寡黙だった。
 中学・高校と何かについて議論するというようなことは皆無だった。

 
だから都会での学生生活や社会人としての生活の中で、東京や長野の友人たちが、丁々発止の議論を展開するのを見て、大きなカルチャショックを受けたのを覚えている。
 その後、何十年も経つが、今でも気持ちが通じている(と勝手に思っている)友人は、この時代に喧々諤々の議論をし合った何人かだ。

 
「沈黙は金」というのはかなりの部分真理だとは思うが、通じなければ意味がない。
 おしゃべりは嫌いだが、丁寧に説明するというのは、僕には難しいことだが、本当に必要なことだと、最近、つくづく感じている。

    
   
1月9日(土)   しんよろ!

 僕は朝が遅い、と書いたが、夜も遅い。夕食は23時を回ってるし、寝るのは1時を過ぎてしまう。
 
クラブハウスでの空き時間にメモを書いているが、たま~に帰ってからも読み返してみる。昨日はちょっと拙かったかな。

 
ろくに知りもしない現役の人を、実名で非難してはいかん。本人の目の前でなら許せるが、反論の機会のないネットに勝手に実名で出してはダメだろう。と、思い直し、こそっとイニシャルに変えた。
 替えてもすぐにわかるけど、まぁ気持ちの問題かな・・・
 

 今日が打ち初めという人が結構いた。新年のご挨拶がまだの人が分からない。ついこの前に会っているので、もうとっくに済んでいるものと思ってしまう。こんな時は相手待ち、「こんにちわ」とくれば「こんにちは」、おめでとう、とくれば「おめでとう」

 「しんおめことよろ」とジュニアの女子が言った。長い!、「しんよろ」と僕は返す。「しんよろ」「しんよろ」とハイタッチ。簡単でよか! 
 言うまでもないが、「年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」の超略だ。

 風は強く冷たかったが、快晴の一日だった。


      1月8日(金)   トリクルダウンなんて・・・

  「滴り落ちてくるなんてないですよ。あり得ないですよ」だと・・・

 「企業が収益を上げ、日本の経済が上向きになったら、必ず、庶民にも恩恵が来ますよ」と言っていた人物、TH氏だ。でも、驚きはしない。

 この人はもともと何の哲学も持ち合わせていない人だと思っていたから・・・。この話はこれまでにしよう。
 トリクルダウンなんて、信用なんかされてなかったし、この
に関しては、天邪鬼でなくてもたいていの人がひどい話だとあきれてるだろうから・・・。

 まぁ、久しぶりに正直に云ったな、と褒めておこう。


     1月7日(木)   今日のところは音無しく・・・

 今日は七草粥、「ホセは過ごすな」、頭文字で強引に作ったが、何故か残っている。松の内も終え、正月気分を抜いて、さぁ、これから元気にいきましょう!というところかな。
 4日、5日、6日と、この天邪鬼は少しずつ過激になっているような・・・

 もともと僕はノンポリ、ノンセクトだから、その時々で考えるので、言うことは変わるし、ある意味柔軟だと自分では思ってはいるのだが、ここのところはかなり頑固爺臭い。
 老婆心というか年寄りの冷や水というか、このところのご時世には、ちょっと物申したい、と鬱憤を晴らしているのだと思う。

 しかし・・・今日のところは大人し(音無し)くしておこう。
 明日からの元気のために・・・


   1月6日(水)  「あさが来た」 諭吉も出たが・・・

 僕は朝が遅い。何もなければ8時起床。NHKの朝ドラをたまに見る。

 武田鉄矢扮する福沢諭吉が出ていた。昨日、本当のところが知りたい、と書いたが、僕らの教えられたことやかじってきたことは、あまりにも皮相的で、教える側のご都合によって、切り取られて教えられてきたような気がする。諭吉しかり。

 
もうかなり有名だから、あえて書くまでもないかもしれないが、「天は人の上に人を作らず」といえり・・・の諭吉は今でいえば、典型的な差別主義者である。諭吉は人間は平等ではない!といっているのだ。

 学問をした者としない者とでは平等になるわけがない。だから「学問のすすめ」なのだ。また、古代ギリシャ、アテネの民主制と同様、彼の平等は成人男子についてのみのことで、女性は念頭にない。

 自分の新聞には、ここまで言うか、というほどのヘイトスピーチのオンパレード。ヘイトスピーチの元祖であるといっても過言ではないだろう。
 僕らはこういう人を偉人として、都合のいいところだけ教えられてきたわけだが、そういう雰囲気や時代の匂いを吸ってきており、本当の平等の感覚を植え付けられていない。

 
アジア蔑視、欧米崇拝みたいな感覚が備わっている。欧米にはペコペコし、アジアには高飛車に出る。だから、やはり少し勉強もして、後天的にでも理性的な感覚を身に付けていく必要があるのだと思う。

 本当のところが知りたい・・・


        15日(火)   本当のところが知りたい

 最近のマスコミはみんな右に倣えで、ちょとそれに掉させば、すぐに偏向報道などといわれ、コマーシャルを引っ込めると脅されるらしい。
 だから、極論すれば、ニュースもコマーシャルだ。ネットのニュースも最近はだいぶコントロールされてきている気がするが、それでもまだ、だいぶ幅がある。

 とにかくこの幅が大事だ。物事には100%の真実なんてありゃしない。見る角度、立場、見る人の状況などによって、様々な見え方がある。相対的なのだ。

 ちょうど、日本の世界地図では、日本がその中央になっているが、他の国の世界地図でも、自国中心の地図になっているはずだ。同じ地球の同じ世界地図でも、その様相は違っている。 

 100年前の世界地図というのをネットで見たが、いたるところユニオンジャックがはためいている。韓国には日本国旗が立っていた。各国が覇権を競って侵略し尽していたのがよくわかる。
 そして、すでに日本は手ひどい制裁をを受けたが、欧米の覇権主義の置き土産が、今日の世界の混沌を生み出し、その制裁を受けているのだといっても過言ではないと思う。 


 日本はもとより、先進国と称しているどの国も、偉そうなことは言えないはずだ。もっと謙虚に相互の関係を丁寧に構築していくべきだと思う。


    1月4日(月)   マイナンバーも御免だな

 本当に穏やかなお正月だ。クラブハウスの中は23℃まで上がっていた。コートもまずまず賑わった。正月早々からテニスができるなんて、極上の幸せだと思う。

 神奈川の友人から、記事の抜粋が送られてきた。
 マイナンバーについてのものだった。

 大部昔の話になるが、母が存命のころ、体調を崩して、普段行かない病院に連れて行ったことがある。早速いろいろ検査をされたが、この医者、母の顔を全く見ない。
 計器ばかり見て話す。ついに一度も顔を見ることなく検査を終えた。ここには2度と行かなかった。

 先ごろ、患者を取り違えて、別人の乳房を切除した、という事件があった。これを聞いた時、すぐに母の時のことを思い起こした。顔を見ない、顔の見えない関係がいたるところで進行しているように思える。

 マイナンバー、本当にそんなに必要なのだろうか。関係業者は潤うだろうが、ぼくら庶民にとっては、まったく必要のないものだ。
 お上が、頂くものはしっかりと頂く、あらゆる個人情報を把握し、いかようにも使えるようにするために、庶民の顔をいちいち見ないで済む、まことに便利で危険なシステムのような気がしてならない。


   

      
1月3日(日)    改めまして

 改めて見返してみると、「天邪鬼」なんて、振りかぶったな、という印象だったので、天邪鬼改めただの人、に戻り「メモ」に直した。字体も少し変えてみた。あまりにも早いが、過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ・・・だ。 でも、気分は一緒だね。

 そこで、今日のメモ
ネットで調べた「亜脱臼」の修理法で、簡単で有効なのが一つあった。おかげで少し楽になった。
天気も雨模様から陽射しが感じられるまでに回復してきた。暖かな正月である。

 ルーティンの続き・・・ルーティンは日常業務を簡素化するためのものだが、無論、それだけではダメ、特に年寄りは、何か新しい、刺激的なことに取り組む必要がある。そうしないと、頭も筋肉もとりわけ血液が活性化しない、という。

 そう思って、昔、ちょっとだけかじったことのあるクラリネットに再チャレンジしようと、暮れに何とか安物を手に入れた・・・
 思ったようには音が出ない。ますはロングトーンからだな・・・なんて思い、人気のない頃を見計らってちょっとずつ吹いていこう・・・本当にそう思っていたのだが、途端に肋骨を折り、呼吸すら辛く、吹くどころの話ではなくなった。もう、すっかり回復してはいるが、
未だにそのままである。



     1月2日(土)   一歩いっぽ

 1992年に旗揚げしたファイナルは10年後の2002年に細江に定住し、14年目を迎えている。振り返れば足掛けほぼ四半世紀の長丁場だが、その時その時、今日一日、今日一日を積み重ねてきた結果にすぎない。

 旗揚げした時は3年は・・・細江に来た時もどんなに状況でも、3年はやる・・・と決めてはいたが、こんなに長くできるとは夢にも思っていなかった。

 100以上のクラブが諸事情で消えていく中、よくもまぁ、生き残っているものだと我ながら感心する。(生き残っている、といえるかどうか? ただ、確かに息はしてるぞ!)

 しかし、いずれは終わる、必ず終わる。
さてさて、いつ、どういう風に終わるのか、しっかりと見届けていくことにしよう。

 でも、今日はまだ生きているよ、・・・それで十分さ。




    1月1日(金)    新  年 

   あけましておめでとうございます

 今日は雲一ない晴天のファイナルコートをみながら、一生懸命、年賀状を書いた。古希を過ぎたころから。もう全く自分勝手なペースでご容赦願っている。

 でも、本当に新年の改まった気分で賀状に向かえるので、お相手には悪いが、御免なさい、という感じでやっている。まぁ、松の内には届くだろう。

 さすがに元日ということで人気もなく、ファンタもユーマもいないクラブは、寂しいかぎりである。

 昨日のお楽しみ紅白戦で、365日目のファイナルでの仕事?を終えたが、今日からまた、新たな365歩の始まりだ。何とかその第一歩を健康で、といいたいところだが、去年の風邪と肩痛を持ち越してしまった。
 昨日の最後の最後にコートに打ち付けた左肩、たいしたことはないと思っていたが、今日は左腕が痛くて上がらない。多分、亜脱臼だろう。ちょと時間がかかるかな~。

 ともあれ今年の最初の一歩というルーテインを完了できたので、最高!・・ということにしておこう。